誕生日、それは恋人達にとっては欠かせない大事なイベントである。
それを忘れるなど、あの女ならやりかねない。














Step:××  忘れちゃいけなかったんです
            ~破局の危機でもあったんだ~












 広大な面積を誇るプラント屈指の名家、家の母屋の台所からなにやらいい匂いがする。
真っ白なレースのついたエプロンをつけてフルーツを盛りつけているのはである。
彼女の前には大きなバースデーケーケーキが2つ。
てっぺんにはやはり彼女お手製の砂糖でできた人形が据えてある。
打撃センスだけでなく、料理センスも抜群な彼女の手にかかれば、本人そっくりの人形など物の数にも入らない。






「お嬢様、ちょうどいい箱が出来ました。もう中に入れてよろしいですか?」


「ええ。あ、そっちはアカデミーの頃の友人に送ってね。こっちはこないだのパーティーで知り合った子にね。」





それから、と言って彼女がもう1ホール取り出してきたのは、箱に入れるべき2つよりも一回り大きいケーキだった。
みんなで食べてね、とにっこり笑顔つきで言い、お手伝い役のメイドに手渡す。






「ありがとうございます! ・・・あのお嬢様、ケーキが1つ足りませんか?」






 今日が作っていたのは8月8日生まれの彼女の友人2人へと贈る手作りバースデーケーキだった。
8月8日生まれと言えば、忘れてはならないもう1人の誕生日でもなかっただろうか。
まさか、まさかとは思うが我らがお嬢様は大事な婚約者のバースデーを知らない、もしくは忘れているのではないか。
メイドの悪い予感は的中していた。






「え、ちょうどいいわよ。それにしても8月8日生まれって2人もいるのね。すごーい。」





はイザークの誕生日については完全に忘却の彼方だった。



























 8月8日、イザークはからの連絡を今か今かと待っていた。
基本的にイザークは自分の誕生日にさして頓着していない。
しかし今年からは違った。
ディアッカから入手したデータによると、誕生日に彼女からもらうプレゼントにはたいそうな期待をしてよいとのことだった。

いったい彼女は何をくれるのだろうか。
料理の上手い彼女のことだ、どうせまたどでかいバースデーケーキでも作ってくるのだろうが、それを彼女から食べさせてもらうのも悪くない。
それとも新しい民俗学の本だろうか。読書もきちんとしている彼女のことだ、きっと素晴らしい本を贈ってくれるだろう。
もしかしたら彼女自身かもしれない。私をあげると言われればイザークはもちろん頂くつもりだが、彼女のことだ、
イザークは最後の案はばっさり切り捨てた。
がそういう男女の仲に淡白なのは誰よりも彼自身がよく知っている。
あれこれと想像しながら、イザークはやって来るであろうを待ち続けていた。
待ち続けていたのだが。








「・・・遅い。」








 まったく音沙汰のない状況を見てイザークは嫌な予感がした。
あの女、自分の婚約者の誕生日のことを忘れてるんじゃないかと思ったのである。
1度思ってしまった不安はどんどん膨らんでいき、イザークはいてもたってもいられなくなって家へ通信を入れた。
画面に映し出されたのはでも彼女の母親でもなく、非常に困り果てた表情を浮かべたメイドの1人だった。








「イザーク様・・・。その、お嬢様は・・・。」








メイドの困りようを見てイザークはわかってしまった。
あろうことか彼の愛する婚約者は、イザークの誕生日のことなど知りもしないで外に出かけたのだ。
遺伝子の相性はばっちりなのに、どうしてこうも自分達はすれ違ってしまうのかとイザークは悲しくなる。
それでも気を取り直し、せめて彼女の向かった先だけでも聞いておこうと思い、メイドに尋ねてみる。









「アマルフィの・・・、ニコル様のお墓参りに行かれた後に、時間が余ればエザリア様に会いに行くとおっしゃっておりました。
 あ、あのっ、お嬢様悪気はないんですっ。たぶんご存じなかったのかお忘れになっていたんです。
 ですからその・・・・・・、お嬢様をお責めにならないで下さい。」






必死にのフォローをするメイドに、イザークは多大なる同情をした。































 「ニコルごめんね。お盆まで若干日数あるけど来ちゃった。
 今日ね、友人2人の誕生日なのよ。すごくない、2人共8月8日生まれなんて。」



『・・・、あなた大切な人忘れてませんか? 忘れちゃいけない人の誕生日を。』







 墓石だけあるニコルの墓の前に花束と作ったお菓子を置いて、は天国にいるであろう彼に話しかけた。
彼の声が聞こえてくるという超常現象に初めこそ驚いただったが、今では別に何とも思わず会話をしている。
はニコルの言葉に不思議そうに首を傾げた。








「え、だってあの人とあの子でしょ。他にいたっけ、8日生まれ。」



『・・・イザークですよ。いいんですかこんな所に居座ってて。破局したのが僕のせいとか言われても知りませんからね。』








 の顔から血の気が引いていく。
勢い良く立ち上がると、疾走体勢に入りつつニコルに礼を言う。
やばいなんてもんじゃない。今何時だ、もう夕方5時じゃないか。
イザークは怒っているに違いない。怒っていない彼の顔など想像できない。







『いいですか。とりあえず謝るんですよ。
 あなたには甘いイザークのことです、頬にキスの1つでもしてやればなんとかなります。」






てきぱきとに指示を与えるニコル。
アドバイスに頷くと、はばたばたとジュール家めがけて駆けて行った。

























 イザークはニコルの墓に向かって歩いていた。
がここからジュール家の屋敷に行くのには、この道が一番近い。
鉢合わせするならこの道しかなかった。それができないのなら、自分達の関係もそこまでということだろう。
イザークはふと遠くを見つめた。誰かがばたばたと走ってくる。
汗1つかかず、髪も乱れていないその人物はイザークの姿を確認すると後退りした。







「げ・・・、イザーク・・・。」



「『げ』じゃない。俺の誕生日がいつだったか覚えておいでですか、嬢。」






 明らかに焦っているに、イザークはこれ以上ないほどの笑顔で尋ねる。
表面は笑っているが、中身はもちろん沸騰も沸騰、水は蒸発寸前の怒り狂いようである。






「は、8月8日・・・。今日です。」



「ご存知でしたか。では知っていた上で?」




「すみませんごめんなさいもう忘れません許してください。」







 頭をがばっと下げてひたすら謝る。
そんな彼女を見てイザークは小さくため息をついた。
謝罪の言葉なんて実はどうでもいいのだ。
彼女の口から聞きたいのは、お誕生日おめでとうの一言なのだ。






「・・・もういい。ニコルの所に行ってきたんだろう。」


「うん。・・・あ、そうだった。」








何を思い出したのか、はいきなりイザークの左肩に両手を置いた。
ちょこっと背伸びして、彼の頬に音を立てて軽く口づける。
の紺色のさらさらした髪がイザークの鼻をくすぐる。
あまりに突然で一瞬のことだったため、イザークは何が何だかさっぱりわからない。
目の前でにこっと微笑んでいるの顔を見て、ようやく先程の行為を理解したぐらいだ。
不意打ちじゃなければ、もう少し意識して彼女の柔らかい唇の感触が味わえたのにとてももったいない事をしたと、イザークは自分の頭を叩きたくなった。








「許してくれる、これで。」


「誰の入れ知恵だ。ディアッカか?」



「いいじゃないそんなこと。お誕生日おめでとう、イザーク。」



「あぁ。・・・来年は忘れるなよ。」






ニコルの機転とイザークのに対する甘さにより、誕生日破局の危機は免れたのであった。






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