この物語はパラレルギャグストーリーである。
よって血のバレンタインの悲劇は放っておく事にする。














Step:××  みんなに渡そうチョコレート
            ~辛いのは定番 じゃあ甘いのは?~












 の部屋から甘い匂いが漂ってくる。
匂いの発生源は台所からだ。台所に立っているのはもちろん、この部屋の主である
彼女の趣味は棒術と料理。あまりに両極端な特技を持つ彼女だが、料理はかなりの腕を持っている。
料理にまつわる伝説といえば、アスランの誕生日兼ハロウィンの特大ケーキがあるが、今回もそれに負けず劣らず凝ったお菓子を作っている。
時は2月13日。明日のバレンタインデーは例年とは比べ物にならないくらい楽しくしようと計画中のは、
究極のチョコを完成させるべく、台所にこもりきっていた。






「食用カエルの粉末と、特製文字プレートでしょ。定番はタバスコで・・・。
 後1つ何にしよっかな。」





 なにやらぶつぶつと物騒な事を呟きながら、型に流し込んだチョコにあれこれと埋め込んだり振りかけたりしている。
見た目はまったく同じなのに、中身はほとんど地獄だ。特製文字プレートは謎だ。
そして余った最後の1つ。しばらく考えていただったが、いい案が浮かばなかったのだろうか、小さくため息をつくとエプロンを外し部屋の外へ出た。
そしてそのまま厨房へと向かう。









「あれ、ニコル。なにしてんのこんな所で。」



こそ。探し物ですか?」



「そ。あ、それバニラエッセンスだよね。ちょっと借りるね、すぐ返すから。」








 はニコルのいる近くの台においてある小瓶を手に取ると、すぐさま部屋へと取って返した。
後ろでニコルが慌てたような声を上げているが、すぐに帰すと言うとそのまま帰って行った。
ニコルは1人考えた。
この時期にが作っている物ぐらい簡単に予想がつく。
どうせイザークにでも挙げるバレンタインチョコだろう。
しかし、あれはバニラエッセンスではないのだ。あれはニコルお手製の惚れ薬(仮)なのだ。





・・・、・・・まあ相手がイザークだからよしとしますか。」




ニコルは知らなかった。まさか惚れ薬入りのチョコも、他のとぐちゃぐちゃになって手渡されるということを。



























 翌日、は4つの箱を持ってたまり場へとやって来た。
そして全員揃っているのを確認すると、注目ーと言って自分の方を向かせた。
は同じ包装をしてある4つの箱をそれぞれテーブルの上に並べると、嬉しそうに言った。






「一応バレンタインチョコ作ったの。
 中身はそれぞれ違うけど、1つだけ当たりがあるよ。
 食べてみないとわかんないからね。じゃあアスラン、好きなの取ってここで食べて。」




 ニコルの笑顔がピシッと音を立てて固まった。
さすがの彼もこれには手を出しかねる。この中には確実に惚れ薬が混入されているのだ。
ディアッカなどが取ったら、きっとイザークは彼を容赦なく撃ち殺すだろう。
もしも自分に入っていたらどうしよう。顔から血の気が引くのがわかる。
を溺愛しているイザークに殺されるのは本望ではない。
が、彼の隣でアスランとディアッカは嬉々としてチョコを取っている。
イザークが手を伸ばす気配はない。覚悟して手を伸ばす。








「もう、イザーク食べないのね。せっかく作ったのに。」



「誰も食べないとは言っていない。」






不機嫌さ丸出しの顔でイザークは言った。
彼にとって見れば、晴れて恋人同士となったのに、何が悲しくてほかの男達と同等の扱いを受けなくてはならないのかわからなかった。
イザークがきちんと残りの箱を手に取ったのを見届けると、はにっこりと笑ってここで食べてね、と言った。






「じゃあ俺から・・・。・・・み、水っ、何入れたの、とにかくみ・・・!!」



チョコを口に入れた途端、顔を真っ赤にしたアスランが叫び声を上げる。
悶え苦しむ彼を見ながら、はにこにこと答えた。




「あ、それは大量のタバスコ入りチョコ。ロシアンルーレットみたいでしょ、これ。
 じゃあ頑張ったアスランに本当のチョコあげる。はい、あーんして。」




水を飲んでようやく落ち着くを取り戻したアスランにはチョコを差し出した。
今度のはどうやらまともらしく、アスランはほっとした表情になる。
戦々恐々としたディアッカが、震える手でチョコを含んだ。
すぐに硬い、板状のものが出てくる。
カプセルに包まれているそれを見ると、プレートに『変態』と書かれている。
味は美味しいが、ディアッカは悲しくて涙が出てきそうになった。






「すごいよね。みんな好きなの取ったのに、ディアッカはぴったりだもん。」


「それは初めから俺を意識して書いたって事・・・?」



「うん。だってここに他に変態いないし。ごめんね、傷ついたディアッカにこれ。」






ため息をついたディアッカの口にチョコを押し込む。
美女に食べさせてもらうなど金輪際ないかもしれないとディアッカは思った。
背後に控えているイザークがものすごい形相で睨んでいなければ、もっと幸せな気分に浸れたかもしれない。


 いよいよニコルの番がやって来た。
イザーク以外の6つのめに見つめられる中、ニコルはゆっくりとチョコを噛みしめた。
苦すぎる味が彼を襲う。どう考えても、これはチョコの味と呼べるような代物ではない。






・・・、何を入れたんですか・・・?」



「うん? 多分それは食用カエルの粉末じゃないかな。ニコルもはずれ。
 はい、お口直しにこれあげる。」





とんでもない苦味を口に残したまま、ニコルは新たなチョコを食べる。
苦さは消えなかった。イザークがようやく口を開く。










「俺が当たりか? 何が入ってるんだ。」



「すごく甘くしようと思ってバニラエッセンス。味見なんかする訳ないけど、甘くて美味しいと思う。」


「俺が甘いのは苦手だと知ってたか?」






が口を開いたまま数秒間固まる。
呆れたイザークが、それでも愛しさにチョコを食べる。
ぐっと来るほどの甘さにイザークは思わず怒鳴りつけたくなってを見た。
なぜだかぼんやりと霞む視界の中で、だけがキラキラと輝いて見える。
は様子がおかしいイザークに気付き、心配げに尋ねる。





「大丈夫? やっぱ甘すぎたかな、イザークには。」


、愛している。」


「・・・は?」





 イザークの突然の告白に唖然とする4人。
確かにイザークはの事が大好きだが、公衆の面前でそんな事を言うようなキャラではなかったはずだ。
少々不気味に感じたが後ずさろうとする。
しかしイザークがの腕をがっちりと掴んで離してくれない。








、俺はお前を・・・。」


「ちょっ・・・、なんで、これバニラエッセンスの匂いじゃないじゃない!!
 まさかニコル、あなた・・・。」





過去の記憶を辿っていたがニコルに怒りの矛先を向ける。
責任転嫁も甚だしいし、明らかにそれは誤解である。
ニコルは日頃の黒さをどこかへ押しやって弁解した。





「違うってあの時言ったじゃないですか。
 が入れたのは、多分僕が作ってた惚れ薬(仮)ですよ。」



「ほれ・・・、じゃあイザークが食べたの当たりでもなんでもなくて・・・。
 わ、ちょっとイザーク離してよ! 離せ!!」






これ見よがしにを抱きしめにかかるイザークの手を逃れ、慌ててアスランの背中へと避難する
ニコルが早口に、けれども不思議そうに呟く。







「おかしいですね。この薬1日経てば治るんですが、それ以前に相手が本当に自分の好きな人だと効果が出ないはずなんですが・・・。」


「「え。」」







 とイザークの動きが止まった。部屋の雲行きが怪しくなる。
ディアッカとニコル、アスランでさえもの無言の重圧に耐えかねて部屋の外へと避難する。
ふふふふふ、とは低く笑った。
笑ったと同時に棒を取り出す。






「イザークなんか、イザークなんて、おかっぱなんて・・・。」



「待てっ、!!」



「わぁっ!!」





イザークに制裁を加えようとしたをすっぽりと包み込むようにして抱きしめる。
勢い余って2人は大きなソファに突っ込む。
押し倒され、腕を押さえつけられたは涙目になって、けれども反抗的に言い放つ。





「イザークが惚れ薬に引っかかったのは、私の事そんなに好きじゃないからでしょう!?」


「違う。」



「今、んなこと言ってんのも薬のせいでしょっ、知ってんのよちゃんと!!
 だからさっきのニコルの言葉にも反応して・・・。
 ・・・・・・え?」




自分で言っておきながら、矛盾点があることには気付いた。
はっとしてイザークを見やる。薬に惑わされてはいないその瞳がすべてを物語っていた。
にやりと笑い、イザークが話す。




「貴様は俺よりもニコルの言う事を信じるのか? あれは作りかけだろうが。
 愛しているのは本当だ。俺のために、こんな甘いチョコを作ったのかと思うと愛しくもなるからな。
 まさか本当にニコルが惚れ薬を開発していたとは思いもしなかったがな・・・。」



「・・・てことは、これもイザークの本心・・・。
 わ、もっとやだ、今すぐ私から離れてよ!!」






すっかりイザークの演技にはまり込んでいたは、ばたばたと抵抗を始めた。
さっきとは違うタイプの涙目になって必死に訴える。
それがまたイザークを煽っているという事を不幸にも彼女は知らない。
イザークはテーブルの上のチョコを手に取ると、の口に押し入れた。
びっくりする彼女をそのままに、さらに彼女の唇に自分のそれを重ねる。
チョコの甘味が2人の口の中に広がる。
すべてが溶けきってしまうまで、イザークは離れるつもりはないらしい。
呼吸が出来ず苦しくなったがイザークの胸を叩く。
ようやく離される。2人の間に銀の糸がきらめく。
若干茶色かったのは、チョコのせいだろう。
起き上がって体勢と呼吸を整えると、はイザークを睨みつけた。






「・・・変態はイザークだったんだわ。」


「甘かっただろう。俺はこういう甘味はいつでも歓迎するぞ。
 もちろんそれ以上も。」


「最悪。ほんと婚約者選ぶの間違ったかも。」






余裕の表情を見せるイザークを、は心底恨めしく思った。





















 「みなさんに通告です。来月中にお返しを受け付けます。
 いい? 食べられるものじゃないと駄目だからね。特にそこの銀色!!」


「名前で呼べ、!!」




 翌日、ものすごい不機嫌な顔をしたが4人に指令を出した。
えらく上機嫌だったのはイザークだが、はこれから先も約2週間、イザークの事を名前で呼ばなかった。
昨夜2人に何があったのかをアスラン達が知っているはずがない。







「あいつらまた喧嘩したのか?」


「みたいですね。本当懲りないですよね、2人共。」



「俺はその方が嬉しいかも。イザークと親戚になるのは嫌だし。」






何気なく言ったアスランが、その直後仲違いしているはずのイザークとにものすごい勢いで睨まれていたのは言うまでもない。






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