他の良家の令嬢とはひと味もふた味も違う婚約者殿。
が、その母君あっての彼女なのかもしれない。
Step:×× 未来の母と秘密の会談
~いつ昇るのか 大人の階段~
「あのね、お願いがあるんだけど。」
またか、とイザークは思った。
がこういう時はたいていデートのキャンセルを取り付ける時だ。
戦後処理にも大方のめどが立ち、以前よりもかなり暇が取れるようになった今は、3日に1度くらいの頻度で2人は会っている。
が、何かと忙しいこの家のご令嬢はこれまでも何度かデートのキャンセルをいきなり入れてきたりした。
きっと今回もそうなのだろう。
「またキャンセルか? 忙しいのか、本当に。」
「キャンセルじゃないわよ。今度会う時さ、うちに来ない?」
の言う『うち』と言うのはもちろん家の屋敷の事だ。
イザークがの家に行ったのは花嫁脱走事件(2人が付き合いだした日)1回きりだった。
別に家を遠ざけている訳ではないのだが、忙しく疲れているイザークを気遣ったがジュ-ル家に遊びに来てくれるのだ。
そのため、今度の彼女のうちに来ない発言はイザークを大いに驚かせた。
「いいのか? 俺がお前の部屋に行っても。」
「は? なんで私の部屋に来んのよ。
お母様がね、イザークに会って聞きたい事があるって意気込んでんの。
だから次はイザークを我が家にご招待。よろしくて?」
「の母君が・・・? 俺は何か気に食わないことでもしたのか?」
未来の妻となる女性の母親が直接自分に会って聞きたい事があるという。
誰だって不安になってしまう。
もちそんそれはイザークも例外ではない。
が、当のはあっけらかんとしている。
「さあ、あれじゃない。話し相手が欲しいとか。」
そんな訳はないと思う。
「母上、嬢の母君にお会いしてきます。
なんでも俺に会って聞きたい事があるとか。」
「なに? イザーク、まさか嬢とまた仲違いをしたのですか?」
家訪問当日、イザークは家でゆったりとくつろいでいる母に今日の予定を告げた。
息子同様不安な気持ちになってしまう母。
息子をもう少し信用してやってほしい。
「いえ、そんなはずはないのですが・・・。」
「粗相のないように。」
礼儀を重んじる家へ行くのだから、イザークも緊張してしまう。
一応のマナーは身につけてはいるが、果たしてそれが家の当主達に受け入れられるのだろうか知れたものではない。
(・・・まあ、娘の振る舞いの下をいくという事はまさかないだろうが・・・。)
イザークは活動的で運動神経抜群のの事を思い浮かべた。
彼女ですらあの有様だ。緊張すれば逆にボロが出るかもしれない。
イザークはいつも通り行こうと心に決め、家へと向かった。
「、イザーク様はまだ?」
「もうすぐ・・・、あ、来た。イザーク、こっちこっち!!」
中庭のテーブルで母とのんびりティータイムを過ごしていたは、イザークの姿を確認すると大きく手を振った。
彼女の隣にはにこやかに微笑む母の姿がある。
彼女の動作をはしたないなどとは一言も言わない。
「外で待たせてしまって申し訳ない。
嬢の母君、今日はお招き感謝いたします。」
「いいえとんでもない。こちらこそ無理を言ってごめんなさいね。
じゃあ、後はいいわよ。」
「はい。じゃあねイザーク。
ははっ、お母様の前だからって礼儀正しくしてんのね。」
そう言うと足早に屋敷へと戻っていく。
母はイザークに座るように促すと、あんな娘でごめんなさいねと言った。
「今日お呼びしたのは、2人の関係について知りたくなっちゃったからなの。
どう? はご迷惑をかけていないかしら。」
えらく砕けた口調で話し出す母を見てイザークは少し戸惑った。
とりあえず当たり障りがないように持ち前の整った顔をフル活用して笑顔で答えていく。
「迷惑など。俺の都合のせいで、かえって嬢を困らせていたのではないかと思います。」
「まさか。イザーク様がお忙しいのは仕方ありませんもの。
ところで・・・、とはどこまでの関係? 大人の階段はのぼった?」
「・・・は?」
にこにこと悪びれることなく聞いてくる母にイザークは笑顔を固まらせた。
いったいこの人は何を言い出すのだろうか。
どこまでの関係など、聞いてどうするのだろうか。
「いや、それは・・・、どういう意味で・・・?」
「あら、そのままの意味ですわ。ほら、ってああ見えてそういう事あんまり知らないでしょ。
きっとイザーク様ご苦労されてるんじゃないかと・・・。
それに気になるもの、最近の若い人達の恋愛事情。」
「まだ早いと思われますか? その、そういう関係になるには。」
そうねぇ、と言って母は人差し指を口に当てた。
考える時の仕草まで娘と一緒だ。
母は少し考えると、やはり笑顔で答えた。
「でも15歳で成人でしょう? 双方の意思が一致すれば別にいいんじゃないかしら。
さすがに子どもは早いけどね。」
イザークは頭を抱えた。
の母、つまり未来の自分の義母が何を考えているのかさっぱりわからなかった。
こういう事をうきうきと聞いてくる親がどこにいるだろうか。
イザークはいつの間にか母のペースにはまっていく自分にも情けなく思った。
やはりここは正直に言うしかないのだろうか。
今なら言っても別に何も起きないような気がする。
この話の内容をが知ったら、またひと悶着起きそうだが。
「嬢とは・・・・・・、 、です。
あの・・・っ!!」
「そう。・・・これからもの事大切にしてくださいね。
あの子、叔母さんになっちゃうから。」
母はそう言うとこの日何度目かのにっこり笑顔を見せた。
若々しい彼女の笑顔にイザークは思わず紅くなる。
「嬢を、一生愛し続けます。」
「やだ、そういうのは結婚式で言わなくちゃー。」
どこまでも話の早い家当主の奥方様だった。
母から解放され、イザークとは夕焼け空の下をてくてくと歩いていた。
恋人つなぎをしている訳でもない。肩を抱いて歩く訳でもない。
ただ、並んで歩いているだけだ。しかもかなりの速度である。
がイザークの横顔を眺めつつ言った。
「お母様とどんな話してたの?」
「秘密だ。」
秘密でもなんでもなく、ただ単にに言えないだけだ。
年頃の少女が恋人にあんな話の事を言われ何も思わない方がおかしい。
「ケチ。・・・ま、いっか。
私も子どもに好かれる優しい女性にならないとね。」
は一言文句を言うと、また前を向いて歩き出した。
顔には幸せそうな笑みまで見受けられる。
「子ども?」
イザークは彼女の発言をいぶかしんだ。
自分を誘っているのか。
これは次のステップへの切符なのだろうか。
はイザークにお構いなしに嬉しそうに言った。
「お兄様夫婦にね、赤ちゃんができたの。
生まれてくるのはもうちょっと先なんだけど、子どもに好かれるような優しい叔母さんになりたくて。」
彼女の母の言っていた事がわかった。
しかし齢17にして甥か姪ができるのはちょっと切ない。
せめて子どもにはお姉さまと呼ばせたい。
はくるりと振り向くと、イザークはどっちがいいと尋ねた。
「何がだ。」
「子どもよ子ども。私は女の子がいいな。
お父さんにそっくりのかわいい子!!」
「俺は男がいい。父上と呼ばせるんだ。・・・それは誘っているのか?」
イザークがぽつりともらした言葉を聞いてはきょとんとした。
不思議そうに小首を傾げると、もう家に呼ぶ予定はないけど、と言った。
そしてまた、
「ねえ、お母様となに話してたのよ。私への愚痴?」
としつこく尋ねた。
「お前の母君は面白い方だな。俺は正直焦ったぞ。」
「だから何を聞いて焦ったのよ。」
「・・・もういいだろう。今度は俺の母でなくて、きちんと俺に会いに来い。
お前の母君との約束だからな。」
そう言ってすたすたと帰っていくイザークの背中をは訳わかんないわよー、と叫んで見送っていた。
おまけ
「お母様、イザークとなに話してたの?」
「2人はどこまでの関係かって。まだなんでしょ。そう思ったけど。」
「どっ・・・!?」
イザークの秘密はあっさり母本人に破られていた。
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