私はアイドルなのよ、プラントの歌姫よ。
それなのに、どうしてたかが一隊員に人気奪られるのよ。














Data××:  ターゲットは婚約者
            ~意欲関心態度もゼロ~












 ジュール隊の母艦であるボルテールに、あのラクス・クラインが来るらしい。
戦闘で疲れた兵士達を慰問するためだ。
ザフトに、いや、プラントにおいて彼女の名を知らない者はいない。
誰が何と言おうと、彼女はプラント随一のスーパーアイドルなのだ。
ファンも男性を中心としてかなりの数がいる。
あのとんでもないスタイルを見たら、それもそのはずだろう。






「へぇ、ラクス来るんだー。そんな話初めて聞いた。」


「・・・友人じゃないのか、貴様らは。」



「忙しいんじゃないの? だってラクスだもん、すっごく楽しみ。」





世間の芸能界情報にとことん無関心のイザークとは、彼女の来訪を待ちかねていた。





























 どこで売っているのかと思われる、水着であってそうでないような布をつけたラクスがやって来た。
とりあえずイザークが歓迎の挨拶をする。
が、ラクス本人はちょっと驚いているようだ。






「(なんでファンがいないわけ? プレートとか半被とか来た男はいないの?)
 どうも歓迎ありがとう。」





ラクスの妙に砕けた挨拶に疑問を覚えるイザーク。
果たしてラクス嬢はこんな品のない服を着ていただろうか。
大体はどこに行ったのだろうか、あれほど彼女に会いたがっていたというのに。
イザークは隣に控えているディアッカに眼をやった。
が、彼も知らないといったふうな顔をするだけだ。
とその時、遠くでさん、と緑色の軍服を着た兵士が声を上げた。









さん! 今度射撃教えてください!!」


「あ、じゃあ俺は棒術のコーチお願いします!!」





 困った顔を浮かべてふよふよとイザーク達の元へ来る美少女。
彼女の様子を見てイザークはあからさまに嫌そうな顔をし、ディアッカはまたかという表情になる。
そしてラクスは頬を膨らませた。







「あ、ラクスー!!」




 桃色の髪を視界に捉え、は周りに群がる男達をほっぽり出して彼女の元へと飛んで行く。
が、ラクスを見てふっと動きを止めると、じっと彼女を見つめる。






「ラクス・クラインです。・・・あなたは?」






 ラクスの一言にイザークとディアッカ、そしての顔色がさあっと変わった。
は下を向いて小さくため息をつくと、顔をあげてにっこりと微笑んで言った。






「ジュール隊所属、です。
 ようこそラクス様、どうぞごゆっくりなさって下さいね。
 ・・・では私はまだ仕事が残っていますので失礼させていただきます。」





訳の分からないという顔をしている『ラクス』に背を向けると、は自分の部屋へと戻って行った。
仕事があるというのは口実だった。
さっきの彼女の一言で、イザークもディアッカも彼女の正体に気付いただろう。









「『ラクス様』ね・・・。」



はぽつりと呟いた。








































 「ジュール隊長、これはどういう事!?」




 ラクスは隊長室に備え付けられているテーブルをばんと叩いた。
イザークは『ラクス』の行動を冷ややかに見つめている。





「なによあの女、だったかしら!?
 なんであの子にあんなに兵士が付きまとってるのよ!」





あぁその事か、とイザークは思った。
彼も上司としても婚約者としてもほとほと困っている。
は誰もが認める超絶美少女だ。
MSパイロットとしての実力も充分にあるので兵士達の憧れの的になるのもよくわかる。
が、こうまで堂々とにアタックしているのを見ると、さすがにいい気はしない。
かと言ってイザークが怒っても事が面倒になる。







「しかし彼女はいつもああなんです。」


「そうなのっ!? なんかむかつくわね・・・。
 私の女としてのプライドがあの女を許さないわ!!」






 そう言うラクスの眼は闘志で燃えている。
ラクスは勢い良く立ち上がると、マネージャーの静止も聞かずに部屋の外へ出た。
そのまま兵士達の休憩所へと向かう。
いた。同僚の赤服を着た女性と親しげに会話をしているが。
ラクスが彼女の近づいてくるのを確認して、隣にいた女性は向こうへ行く。






さん? 私と勝負なさい!!」



「・・・はい?」






 他の隊員達はまだ訓練中なのだろうか。
2人きりの部屋にラクスの気合いの入った声と、の間の抜けた声が響いた。





「ジュール隊長、いるでしょ。
 私とあなた、どっちが先に彼を口説き落とせるか勝負よ!
 どんな手を使っても構わないけど、彼にこの事を言うのはダメ。わかったわね!!」



「隊長の事を考えなくてもいいんですか?
 それにラクス様は仮にもプラント一のアイドルでは?」




「ふふふ、ジュール隊長はアスランと比べても負けないくらいにいい男よ。」







自分の用件を言うだけ言って立ち去っていくラクスを見て、は大きなため息を吐いた。
こんな馬鹿馬鹿しい勝負、とっとと負けようと思っただった。









































 その翌日からイザークの受難は始まった。
まず朝起きたらそこにはにこやかに微笑んで添い寝をしているラクスがいたのである。
さすがに大声は上げなかったものの、1日中彼女はイザークにべったりで、彼は生きた心地がしなかった。
それでも相手はプラントのアイドルなので邪険に扱うことも出来ない。
迷惑な事この上ない。









「おいおい、なんだよ『ラクス様』のあの変貌は。
 イザーク顔色悪くなってるぞ。」




見かねたディアッカがに何とかするようにと求めるが、彼女はいたって自然体だ。
まるで以前からそうであったかのような気でいる。





「ラクス様と私、どっちが先にイザークを口説き落とすか勝負してんのよ。
 もちろんそんな勝負イザーク知らないし、私もどうでもいいんだけど。」



「イザーク争奪戦って事か・・・。
 お前、勝つ手立ては? もう不戦勝してるけど。」




はちょっと先で繰り広げられている、ラクスの猛アタックを冷ややかな眼で見つめながら、渋々と言った。







「私が勝てるわけないじゃない。イザークが私を口説き落としたんだから。
 それに別に私負けてもいいし。」





これが婚約者の余裕なのか、はたまた勝負への無関心さか。
おそらく後者だろう。








































 ラクスのアタックがその後も数日続き、そろそろイザークも我慢の限界に達してきた頃、
なんとが自分からイザークの部屋をプライベートで訪れた。
ただしディアッカ同伴だったが。






「こんばんはラクス様。首尾はいかがですか?」


「何も行動を起こさないあなたは、私に勝てる自信がないのかしら。」







敵意も何もなく穏やかに話しかけただったが、ラクスが返した言葉は挑発しまくっている。
ディアッカは2人の会話を聞いて面白そうな顔をしている。
ただ1人、何もわかっていないイザークはさりげなくラクスから離れると、に何の事だと尋ねた。
は彼の前に静止の手を突き出すと、やはり穏やかに答えた。








「ラクス様に勝とうだなんて思いませんわ。
 だって・・・、イザークが私を口説き落としたんですもの。
 ね、イザーク。」


「・・・え?」







 秘密事項の暴露に驚くイザーク。
交互にとラクス、2人の顔を見比べる。
するとディアッカが彼に真相を語った。




「ラクス様とこいつ、どっちが先にお前を口説き落とせるかの勝負してたんだとよ。
 もっともは、勝とうだなんてこれっぽちも思ってなかったみたいだけどな。」


「なっ・・・、俺の人権無視か!?」



「でも助けに来てあげたじゃない。
 あ、そろそろイザークぶち切れる頃かなと思ったからこうやって。」






 は悪びれることなくしゃあしゃあと言ってのけるとにこっと笑った。
久々に間近で見る恋人の笑顔のせいだろうか、イザークはいつになく見惚れてしまう。
ラクスはプルプルと震えている。
怒りからだろうか、悔しさからだろうか、どっちにしてもテレビの前でこういう顔はやめていただきたい。







「な、なによっ! 私の勝つ見込みなんてないんじゃないの!!
 ・・・あんなに憧れの的になって、こんなに美形の彼氏と秘密の付き合いしてただなんて・・・!!
 これを他人が知ったら・・・!!」



「やめなさい。」






わめきかけたラクスをがただの一言で止めた。
ゆっくりと彼女の元に歩み寄ると、は淡く微笑んだ。







「・・・私の知ってるラクスはそんなにわめかないわ。
 ・・・本当はなんて言うの?」





ラクスの身体がびくりと震えた。
この人は、いや、ここにいる3人は自分がラクスでないと知っていたのだ。
本物の彼女がどんな人かという事を知っていた上で、今まで黙っていたのだ。





「ミーア・・・、ミーア・キャンベル。
 ラクス様のファンだったのよ。」



「ラクス嬢がこいつの事知らないはずがないからな。
 友人の顔を忘れるはずがない。」


「ラクス様の、お友達・・・?」





一応ね、とは言うと、手を自分の背よりも少し高い位置に伸ばした。
そしてアスラン・ザラって知ってるよねと尋ねる。






「彼、私の幼なじみで従兄だから。
 ラクスに化けるなら彼女の交友関係知らないとやばいんじゃないの?」





 明らかに秘密を話しすぎただったが、このミーアという少女は自分に関して何も語らないだろうという確信があった。
それはまた、ミーア自身の思ったことでもあった。
翌日、『ラクス・クライン』はジュール隊の多くの人々に見送られ、プラントへと戻っていったのだった。





















 「そういえば、貴様ラクス嬢との勝負に関心がなかったそうだな。」



「あるわけないじゃない。なんで私がそこまでイザークに執着しないといけないの。
 勘弁してよ。」



「・・・もしも俺が彼女に骨抜きにされていたら、貴様、どうしたか?」





「・・・破局?」




2人の未来が崩れかけようとしていた事が後日明らかになった。






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