2.移り香
ふわりと香る匂いに眉を潜める。
やけにきつい匂いだが、発生源はどこだろうか。
この屋敷で香を焚くのは自分ぐらいだ。
もっとも、最後に焚いたのがいつだったかは全く思い出せないのだが。
「ドぎつすぎる・・・」
「おや、あなたではなかったのですか」
「岱兄上」
いつの間にか髪に鼻を寄せられていたことに気付く。
流れるような手つきで人の髪を一房手に取り匂いを嗅ぐなんて。
ずいぶんと手馴れているが、一体どこで身につけてきたのだろうかこの優男は。
「私じゃないわよ。こーんな趣味悪い匂い嫌いだもん」
「あなたはいつも馬か太陽か草の香りですからね」
「馬って、それはちょっと酷くないですかね」
くすくすうふふと互いに牽制し合っているところに、臭いの元凶が乱入してきた。
もやは鼻に手を当てなければどうにかなりそうな臭さだ。
「げ、兄上近づかないで! こんなくっさい臭いが移ったらどうしてくれんの!?」
「俺を邪魔者扱いするとはどういうことだ!? 兄は悲しいぞ!?」
「従兄上、どこでそんな気味の悪い臭いをつけてきたのですか。
うちには年頃の女性もいるのですから、女遊びもほどほどにしてくださらないと」
「やだっ、兄上女遊びしてきたの!? いや、不潔!!」
ずざざっと馬岱の背中に隠れ兄を睨みつける。
しかも、その臭いを未だに漂わせているとはどういうことだ。
許すまじ馬鹿兄。
「ほら、こんなに怯えてしまって・・・。かわいそうに、教育によくありませんよ!」
「そうよそうよ! 兄上がその臭いを完全に消すまで、私口利かないからね!」
「ま、待て、誤解だ!!」
見捨てられ見損なわれた馬超の必死の弁解が2人に届くことはなかった。
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