5.みだれ髪
さして大きくはない1人用のベッドの縁に腰掛け、リグは熱心に街の設計図を書いているフィルを見つめた。
夜になり辺りが暗くなってからだいぶ時間が経つ。
日も改まろうかという頃合いになってもなお一心不乱に図面と睨めっこをしている彼女に、声を掛けようか掛けまいかと逡巡する。
少しは構ってほしいという欲望が勝ったのか、リグはフィルの手元のランプを吹き消した。
「あ、ちょっと! なんで仕事の邪魔すんの」
「馬鹿、仕事が俺の邪魔してるっての」
「はぁ!?」
もう訳わかんないと叫ぶと、フィルはぼすんとベッドに飛び込み枕に顔を埋めた。
直後背中に圧し掛かる結構な重みに呻き声を上げる。
「ねえっ、重たいんだから背中に乗らないでよ!」
「知るか」
「なーにが『知るか』よ! どいてってば!!」
細身とはいえ、毎日魔物との戦いで鍛えまくられているリグの身体をどけられると思ったのか。
フィルは両腕に力を込めると少しずつ身体を起こそうとした。
「フィル、隙だらけなんだけど」
「いっ・・・・・・!」
ぐるりとフィルの視界が反転した。
目の前に広がるのは月の光に照らされにやりと笑っているリグの顔と、見慣れた天井。
何がどうなっているのかわからず混乱しているフィルの顔にリグが近づいてくる。
鼻だか口だかが触れる。
思わず固く目を閉じたフィルだったが、予期したような接触はない。
それどころか、彼女の耳にリグの笑いながらの声が入ってきた。
「なに、期待してたとか」
「ば・・・っ! リグあんたほんとに馬っ鹿じゃないの!?」
「馬鹿はどっちか」
仰向けでベッドに転がっているせいでぐしゃぐしゃになったフィルの前髪をかき上げると、リグは彼女の額をぴしりと指で弾いた。
怒りか恥ずかしさから何か言いたそうにしている彼女に笑いかけると、また馬鹿と言われる。
今日だけで何回言われただろうか。
「び、びっくりしたんだからね!? リグがいつもと違うことしてくるから」
「お望みとあらば毎回してやろうか? 別に減るもんでもないし」
「アリアハンへ帰れ色ボケ勇者が!!」
口では罵詈雑言を滅法やたらに吐き散らしながらも、その夜のフィルの頬は真っ赤に染まっていた。
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