お題・2
10.何度でも。



 アリアハン城下町で、くたびれた旅装束を身にまとった男が、今まさに目の前の民家の扉を開こうとしていた。
ドアノブに手をかけ少しためらい、もう片方の手を額に当てる。
家族に会うことへの気恥ずかしさからか、帰宅時の扉の前で、彼はいつも同じ動作をする。
男の指先が触れた先には、ひんやりとした兜があった。
どんな土地に行っても、決して手放すことがない、昔から愛用している大切なものだった。
かなり長く使っているのだが、金属が傷んでもいない。
彼にとってその兜は、世界で4番目ぐらいに大切な宝物だった。
一番大切なのは、自分の帰りを今か今かと待っているであろう、扉の向こうの愛する妻とその息子である。


彼は、将来自分のように世界を旅するであろう愛する息子に、この兜を与えるつもりだった。
両親譲りの真っ黒な髪と瞳をした息子は、幼いながらも控え目な子どもだった。
遠慮というか、同年代の子どもたちとは常に一歩退いた位置にいるのだ。
頭の良さは人並みなのだが、えらく勘が良かった。
もう神がかりと言ってもおかしくないほどの勘の良さで、両親共々初めて知った時には驚いたものである。
しかし、だからなのだろうか、あまり人に深く係わろうとしないのだ。
彼は、息子と一緒に過ごす時間がないのが悔しかった。
もっと素直になってほしかった。
宿屋の娘さんにも、もう少し優しくなってほしかった。
我が息子にあそこまでひどいことを言っているのは彼女ぐらいである。
しかも息子の方も、彼女のどこを気に入ってるのかはよくわからないが、あの子だけは遠ざけてもいない。
父親として息子に遺してやれるものは、あまりにも少なかった。
それもまた、ちょっぴり悲しいことなのだが。




「だからこそ、私を守るものと、己を強くする言葉を贈ろう。
 ・・・いつか、リグが立派に成長したときに。」



男―――、オルテガが開いた扉の先には、温かな家庭が待っていた。





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