8.微笑み
にこにこと微笑んでいる恋人に、シンははにかみながらも笑い返した。
世間でははにかみ笑いというのが流行っているらしい。
彼女が満面の笑みで攻撃してくるのならば、自分は敢えて流行に乗ってはにかんでみよう。
こうしてシンは無邪気に笑みを返していたのだが、恋人の視線がふとカレンダーに注がれていることに気が付いた。
「カレンダーなんて見ちゃってどうしたの? なんか今日用事あった?」
「う!? ううん、なんにもないよー」
びくりと肩を震わせ、満面の笑みとは程遠い引きつった顔で答える彼女にシンは疑問を抱いた。
こういう顔をする時は、絶対に何かを隠している。
それが大きな事であれ小さなことであれ、彼女が隠して何事もなかった試しはない。
有事にさせるのはひとえにシンのせいだとは、彼自身は気付いていないのだが。
「いや、その顔は何か隠してる顔だから。何を隠し事してんの?」
「か、隠してはないよ、忘れてるだけだよ」
「それって、俺に関することだよね?」
尋問に耐え切れずその場を逃げようとした恋人の腕を捉える。
大したことじゃないかもしれないけど、命に係わるようなことじゃないから気にしないでと口走る彼女を宥める。
焦っていつもよりも饒舌になるのは、自分に知れたらまずいことだからだ。
長く一緒に生活をしていると、少しは相手の癖がわかるようになるものだ。
それは嬉しいことでもある。
「じゃあ俺の質問に答えてくれる?」
「う、うん」
「今日何日? 何の日?」
「・・・14日です、バレンタインデーです」
「正解。・・・で?」
「・・・・・・・えへ?」
「だから、さっきからごまかそうと思ってずっとにこにこ笑ってたんだね。
いい加減その笑顔には騙されないよ。俺も少しは成長したんだからさ」
「・・・明日じゃ遅い?」
「明日は15日だし。明日になったら売れ残りのチョコも安くなるじゃん。やっぱ今日じゃないと。
チョコ用意してないんなら代わりに食べていい? いいよね、甘いのじゃ全然格が違うし」
翌日、チョコの代わりを存分に味わったシンは、満足げな笑みを浮かべて朝を迎えたのだった。
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