03.いつまで立ち止まってるつもりだい
正直なことを言えば、あの日の出来事はよく覚えていない。
母が殺され兄が逆上し、空からドラゴンが降り立ったことしか思い出せない。
あの場で兄とゾーマが何を話していたのかはわからない。
記憶することを頭が拒絶したほどの壮絶な何かがあったのだろうとしか、今のバースに語れるものはなかった。
決して出来の悪い弟だったわけではない。
兄が優れすぎていただけなのだ。
だから何の因果もない、ただそこにいただけの母が死んだ。
憧れていた強い力を持つ兄のことを恐ろしいとも思うようになってしまったのは、あれがきっかけだ。
そして聡すぎる兄は一族のそうした気配をいち早く察し、あっさりと行方をくらましたのだ。
真に兄を追い出したのはゾーマではなく、同じ賢者たちだったのだ。
「いやでも俺もさすがにああまでの兄貴だとおっかないって思うぞ。
現に何度も殺されかけてるし」
「だよな! 俺もあれから何度も殺されかけてる」
「でもお前らのは兄弟喧嘩だろ。だったらなんとか折り合いつけられるだろ」
「それ、今の状況でできると思って言ってる、リグ?」
「できるできないは置いといて、やらなきゃいけないのはバースだってわかってるだろ。
もう10年前のガキじゃないんだ、そろそろ歩け」
過去に囚われ続けても、前へは進めない。
両親の思い出を辿るのは今日でおしまいにしよう。
バースは母の日記帳から手を離すと、そっと本棚に戻した。
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