7.弁償ですか、クビですか
人手が足りないからと頼み込まれ急遽参戦した、酒宴での手伝い。
ここは自分には向かない仕事場だ。
がそう気付くのに大した時間はかからなかった。
注意力散漫なわけではない。
礼儀作法だって一応教えられたはずである、かなり忘れたが。
それでも失敗を繰り返すのは、根本的に向いていないからだ。
床に零した酒を拭きながら、はぼそりと呟いた。
「しかもさっき、お尻触られたし・・・」
酔った相手であろうと、不埒な行いを働く者には容赦なく鉄拳制裁。
そんな流儀を貫き通したかったが悲しいかな、盆を抱え両手が塞がっていた彼女には無理だった。
「あの色狂いハゲ親父が・・・。私を誰だと思ってんのよ・・・」
「? なぜあなたがここに」
「子龍様!!」
思っていたよりも大きく出てしまった声に驚き、慌てて周囲を見回す。
助かった、誰もいない。
他の女性たちは皆、酌に回っていたりしているのだろうか。
はほうと息を吐くと、酒を拭く手を止めた。
「人手が足りないからって駆り出されたんです。でもこんなことしないから見てのとおり、床拭きです」
「将軍の妹ともあろう者が下女のような・・・。そのような事、他の者に任せればよいのだ」
「でもそしたら私、兄上たちが見てる中皆さんにお酌して回らなきゃいけないんです。
私、人の尻触るようなハゲに笑顔振りまきたくないです」
「なんと羨まし・・・、いや、命知らずな・・・」
誰だ、私ですら触れたことのない彼女の尻を撫でた愚か者は。
槍で串刺しにしてくれる。
趙雲は頭のどこかがぷちりと軽快な音を立て切れたことを確認し、ぶすくれている恋人を見つめた。
確かに馬超の前だとかいう以前に、良くも悪くも素直な彼女を出すことはやめておきたい。
ぼろりとハゲなどと言われれば手打ちものだし、宴はたちまちのうちに馬家名物の兄妹喧嘩へと変貌しかねない。
「子龍様、こんな所にいて大丈夫なんですか? 戻らないと皆さん心配されますよ?」
「そうだな・・・。だが、今馬超殿は飲み潰れているのだ。これは絶好の機会だとは思わぬか?」
「そうですけど・・・。2人で抜け出しちゃいます?」
「そうしようか。なに、あなたがいないくらいで宴は困るまい」
むしろ彼女がいない方が仕事が捗るだろうとは、口が裂けても言えない。
はにこりと笑うと一度厨房へ引き返し、やがて一本の酒瓶を手に戻ってきた。
それはと尋ねると、老酒ですと言ってのける。
「これ飲むとすごく元気になるって兄上言ってたんで、掠めてきました」
「・・・そう、か」
ものすごく高価なそれを持ってきたのは、さすがは腐っても姫君といったところか。
数日後、馬超宛に老酒代の請求書が届けられた。
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