08.身分も畏怖も経歴も大層な飾りも、何も貴方を助けない
うっすらと目を開けると、お揃いのエプロンを身に着け並んでキッチンに立っている2人の男女が目に入る。
何を話しているのかは聞こえないが楽しげに話している女性の髪は茶色くて、ああ、ここは家かと思い頬を緩める。
熟年夫婦によくある会話の少ない生活になっているとばかり思っていたが、並んで料理をするくらいにはまだ我が家の両親の仲は良かったらしい。
それにしても母さん、ちっちゃくなったな。
昔はもっと母さんって大きくてあったかい気がしたけど、今見えている背中はひょっとしたら俺よりも小さいんじゃないかな。
俺もでかくなったもんなあ、中学生男子の平均身長だけど。
それにしても先程から背中と言わず全身が妙に痛い。
テレビを観ながらソファーの上で寝てしまったのか、少し体を動かせばぼきばきと鳴りそうだ。
「じゃあ私半田起こしてくるわ」
「人の家に押しかけておいてよく眠れるな・・・」
「でも、一人寝が寂しいフライデーナイトに私来たから修也は嬉しかったんでしょ、んん?」
「とんだおまけがついてきたがな」
「半田に聞こえてたらどうすんの」
「どうもしない」
頭が冴えてきたのか、起きたてよりもはっきりと聞こえてきた会話に半田は家から逃げ出したくなった。
どうしよう、思い出した。
昨日はバスの中で寝てしまったを起こすのを躊躇っているうちに寝過ごし、家に帰るのを渋ったが豪炎寺の家に泊まりに行ったのだ。
珍しく気を回してくれたかと思いきや余計でしかなかった豪炎寺夫妻、いや、幼なじみコンビの連携必殺技により半田家への帰宅を阻まれそのまま一夜が過ぎ、そして今は朝なのだ。
夫婦ではないかと思ってしまうような緩やかで穏やかな朝の風景は豪炎寺とのもので、ソファでだらしなく眠っていた自分はただの虫。
豪炎寺たちには虫ではなくおまけ扱いされているが、『余計なおまけ』も『虫』も似たようなものだ。
半田はゆさゆさとやや乱暴に体を揺さぶってきたの肩をつかみ起き上がると、ぐいと顔を近づけ囁いた。
「俺、どのタイミングで帰ったらいい?」
「朝ごはんできたからとりあえず食べれば?」
「美味そうな匂いさっきからしてるもんな・・・じゃなくて!」
「の顔はパンじゃないから食べるなよ。近いぞ半田、退け、そして帰れ」
「怒ってんじゃん豪炎寺! そりゃそうだよ、今の俺間男じゃね!?」
間男ってなぁに、半田みたいに全部が全部中間にいる人のこと?
夫婦の間に割って入って仲をかき回すだけかき回し、挙句妻を奪っていく全世界の夫の敵だ。
物騒でしかない豪炎寺の殺意の籠った説明に、半田は手につかんでいたを豪炎寺に押しつけた。
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