09.お願い、わらって
気でも狂ったのか、あるいは単に体の調子が悪いだけなのか。
夏侯覇は張遼の予期せぬ奇襲に、危うく手にしていた大剣を落としかけた。
いやいやいやいや、どう考えてもそれはおかしいっしょ。
なんだって泣く子も黙る鬼みたいな張遼殿が、俺に笑い方教えてくれなんて言ってくるわけ。
夏侯覇はぐしゃぐしゃと髪をかくと、念のためもう一度訊き返した。
「ですから、自然な笑い方を教えていただけぬかと」
「だからなんで? 張遼殿は今も笑えてるからいいじゃないですか」
「今では満足できぬゆえこうしてお訊きしているのです。どうか、極意をお教えいただきたい!」
「やめて下さいよ調子狂うって!」
何が彼をそこまで追い詰めているのだろうか。
誰だ、張遼を壊したのは。
自壊してしまったのか、曹操軍が誇る騎馬隊の将軍は。
「あ、公主」
「な・・・っ!?」
「なーんでまた来るのかなあの方は。来るな行くなって何度殿や伯父上に言われてるのやら」
「何かおっしゃいましたか、夏侯覇殿」
「いいえなぁんにも! そうだ、公主も言って下さいよ張遼殿に」
「張遼殿に、いったい何を?」
ゆるりと首を傾げた公主が張遼へと視線を巡らせる。
何があったのかはわかりかねますが、あまり無理はなさいませんように。
黒々と光る瞳に魅入られた張遼が、わずかに口元を緩めたようなぎこちない表情を浮かべる。
あれ、もしかしてすべての元凶ってこの方?
夏侯覇は不思議な空気が流れている2人を見やり、また髪をかきむしった。
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