2.愛を、知りたかっただけ
綺麗さっぱり片がついたと言えば嘘になる。
今はその時期ではないと決めたから、立ち去っただけ。
その選択に間違いはなかった。
そう凌統は信じていた。
許昌から無事に撤退し孫策の本拠地である江南に戻ってからの彼の生活は、以前と大して変わらずになされていた。
向こうで好きな女ができたことなど忘れてしまったかのように振舞った。
もっとも、以前は楽しんでやっていた女遊びは絶ったのだが。
彼女のことはとりあえず頭から追いやったつもりだった。
それでも、たまに1人になるとふと思い出すことがある。
人目を忍んで逢い、そして血まみれの戦場で別れたことを。
あの時は互いの身分と立場を重んじて、極めて大人らしい判断を下した。
しかし今になって考えると、果たしてあれで良かったのかと悩んでしまう時があった。
彼女があくまでも公主であり、本来ならば戦場に出るような者ではないのだ。
次に曹操軍と戦うことがあったとしても、彼女が出陣してくる可能性はほとんど無きに等しかった。
最悪、官渡の戦いに勝利した曹操が袁氏を皆殺したように、孫策軍が曹氏一門を亡き者にすることもありえた。
そうなってしまえば、無論彼女も無事ではいられまい。
助ける道もなかった。
この世には愛だけで片付かないこともある。
みんながみんな、孫策や周瑜のように華麗に花嫁を攫ってくることなどできないのだ。
凌統は改めてそう思うと、彼女からもらった青い紐を握り締めた。
こうしていると不思議なことに、彼女を近くに感じることができた。
どんな戦場に赴く時だって肌身離さず持っており、いつしかそれはお守りのようなものになっていた。
愛する女からの贈り物がお守り代わりなど、一人前の男になったような気がする。
「絶対に、次迎えに行くから。だからどっかに嫁いだりしないで待っててくれよ」
凌統は遠く許昌に向かって、小さく呟いた。
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