02.初戀
ただでさえ良く飛ぶ金属バットのど真ん中でボールを捉える。
力いっぱいバットを振り抜くと、カーンと高い音を立てたボールがあっという間に外野の頭上どころかフェンスまで飛び越えていく。
今日も調子は上々だ。
打球の行方を見やり、ボールを手に取った人物を確認した張遼は血相を変えた。
しまった、怪我などはなかっただろうか。
張遼はバットを置きフェンスへと駆けると、軽々と乗り越えボールの拾い主へと走り寄った。
「申し訳ございません! お怪我はありませんか!?」
「いえ、何も。張遼殿の打球だったのですね。見事な場外ホームランでございました」
「いや、この程度ではまだまだ・・・。殿がグラウンドへお越しになるとはお珍しい」
「わたくしも、よもや張遼殿に見つかってしまうとは思いもよりませんでした・・・」
「これからどちらかへお出かけのご様子。日も暮れましょう、お一人では危ないゆえ私もご一緒いたします」
「いいえ、張遼殿はこのまま部活を。そう長くはかからぬ用ゆえ、お心だけありがたくいただきます」
ではといい静かに、けれども急いでいるのかやや足早に去っていくの後ろ姿をぼうっと見送る。
今日も可憐な方だ。
誰も相手がいない、敬遠しているというのであればこちらが人魚姫の王子役に立候補したいくらいだ。
理事長である曹操の娘にして生徒会長曹丕の異母妹として入学指摘やは、父や兄に比べるとかなり控えめな性格だ。
経営者の娘だからといって偉ぶるわけでもなく、淡々と他の生徒たちと同じように生活している姿には好感が持てる。
張遼がと話をしたのはわずか三度ほどしかない。
しかしいずれも委員会で議論を戦わせただけで、特別親しげな会話をしたわけではない。
それでも張遼がを好ましく思ってしまったのは、は本当に聡明で素直な子だったからだ。
自らの出自をひけらかすこともなく、相手の意見も尊重し敬意を払ってくれる。
一見簡単なようで誰もができるわけではないそれを当たり前のようにこなすを、いつしか張遼は目で追いかけるようになっていた。
もっとも、彼の思いなどはてんで気付いていないようだが。
「・・・やはりお一人では危ない。私とてボディーガードの真似事くらいならできよう」
大人しく見えて存外行動派のは、1人でふらりと向かった先でトラブルに巻き込まれることも少なくないという。
張遼はから手渡されたボールをポケットに仕舞うと、猛スピードでが出て行った先を探し始めた。
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