08.叶わない、適わない
例えばひどく酔った時、気付かないうちに溜めこんでいたもやもやや苛々を誰かにぶつけることがある。
その行動は時に物理的な衝動も伴うことがあるので周囲には煙たがられることがあるが、
ただ1人だけはそうですかと言葉少なにではあるがいつも受け止めてくれる。
大人だと思ってしまう。
こちらの方が随分と年長なのに、だ。
「あんたよう、よくもまあいつもそうやって穏やかでいられんな」
「皆で酒を囲み楽しく過ごすことに、険しくなることなどありましょうか」
「こんだけ宴が荒れててもか? 見ろよあの辺、まー俺もやったんだが酷いと思わねぇわけ?」
「賑やかだと思います」
「・・・公主さん、無理してね?」
「いいえ、とても楽しゅうございます。
公績殿や甘寧殿が楽しませて下さっているのですよ?」
「へっ、そうかい。その、なんだ、公主さんもやっと下世話な話ができるようになったってことか!」
取り乱すでもなく、静かににこやかに荒れきった宴を見守っている彼女の姿はやはり、
荒れれば荒れっ放しのここの人々とは少し違う。
どこまでも心穏やかな彼女が一度戦場に出れば苛烈に戦うなど、誰も信じたくはないだろう。
まるで、1つの体に2人の人格が宿っているようだ。
「あ、てめ甘寧お前また余計なこと吹き込もうとしてたな!」
「へっ、余計なことって何だよ。大事な話してたんだよな、なあ公主さん」
「そうなのかい?」
「ええ、下世話な話、というものをなさって下さっていたようです」
「余計な話だっての!」
けれどもわたくしは、余計な話も楽しゅうございました。
目の前で始まった乱闘に動じるでもなく微笑んだ姿に、甘寧はにいと密かに笑い返した。
元に戻る