1.触れたら火傷しそう
知る人ぞ知る秘湯があるらしい。
温泉が湧くアレフガルド随一の観光地だからその事実について驚くことはなかったが、なぜ今まで教えてくれなかったのかは疑問に残る。
日夜魔物討伐に明け暮れ、体の節々が痛む冒険者なのに。
一応は友人と思っていたのに。
実家の風呂に入れるみたいだから教えてにくかったとは何事か。
お前がアレフガルドを教えなくて誰が教えるんだとリグに詰られたバースは、でもさと言い募った。
「地元の人しか知らない秘湯を教えてるのって、俺だけの意見じゃちょっと・・・」
「マイラどころかアレフガルドの人間の中じゃひょっとしたら一番強いお前に逆らう奴がどこにいるんだよ。
賢者一族の当主様がいいと言えば、それはもうアレフガルドの総意なんだよ」
「いやだからさ、そういうことを勇者のリグが言っちゃったらラダトームと揉めるじゃん。
所詮王家はお飾りに過ぎないとか国王が言い出したらどうするんだよ、ゾーマ戦の前に人間の間で戦争が起こるかも」
マイラに逗留していた頃は様々なことが起こりすぎて正直温泉どころではなかったのだが、リグは覚えていたらしい。
さすがは勇者だ、ツボとタンス以外にも抜け目がないらしい。
今も温泉にのんびり浸かっている場合ではないとは考えないのだろうか。
すべてが終わった時こそのんびりと・・・など思わないから、今責められているのだろう。
理不尽だ。こちらにもこちらの順序というものがあるのに。
「で、どこにあるんだ? 今日は朝からゴールドマン狩りで肩がもう上がらない気がする」
「それはエルファのベホイミの方が効くかな」
「エルファのベホイミに温泉効果をつけたら?」
「最高」
「わかってるんならほら、さっさと案内する」
「それはいいんだけどちょっと待てリグ、あそこに入るには準備が・・・」
森の奥のそのまた奥に、こんこんと湧き出ている小さな温泉へと案内する。
世界が闇に覆われようと何も変わらない泉に、魔力を集中させる。
教えるのは構わないが、対策が必要だからあまり公にしたくなかったのだ。
バースは魔力を込めた両手を大地に置くと、マヒャドと唱えた。
唱えようとした。
「マヒャ「結構いい温泉なんだな! でもここ混浴か? だったらライムとエルファには内緒にしないと」
「あ、いやちょっと待って」
「エルファにはベホイミしてもらったし、今日は疲れた! じゃバース、お先に・・・・・・ってあつっ! あっつ!?」
「だから待てって言ったのに、リグはどうして俺の言うことだけは聞かないんだ?」
「あっつ、あつ・・・ちょ、マヒャド!」
「はいはいマヒャドマヒャドー」
マヒャド2連発でようやくまともな温度に下がった温泉から、リグが命からがら逃げだす。
体が溶けるかと思った。
いや、お湯に浸かった瞬間に体のどこかがジュッと言った、焦げ臭い匂いもした。
これはもはや温泉ではない、ただの熱湯、ともすればマグマだ。
こんなものは秘湯ではない、これに日夜浸かっているという現地マイラ人の皮膚はドラゴンでできてるのだろうか。
アレフガルドの信じたくない事実をまたひとつ知ってしまった。
「いい湯加減だろー。ここに入るにはマヒャド2発かヒャダルコ8発、ヒャダインなら4発で済むんだけどそれは使える魔法使いが必須なんだよ。
ほら、リグに教えると俺が忙しくなっちゃうだろ? それって俺も嫌だし俺みたいなのがこれ以上活動的になるとラダトーム周辺がきな臭くなるし!」
「・・・」
「あ、だからってエルファ連れてくるのは駄目だぞ。リグも言ってたみたいにここは混浴だから、エルファに良くないものは見せちゃいけないだろ?」
「バース」
「うん? ああ、今日の分のお礼は魔法の聖水2本で!」
「ライデイン」
「は!? なんで!?」
やや溶けたかもしれない肌は、エルファのベホマで診てもらおう。
リグは焦げ付いたバースを後にすると、ひりひりと痛む腕をさすりながら宿屋へと戻っていった。