3.憧れは強くなるばかり
場と人に応じて声量を抑えるとか、そういう細やかな気配りができない男なのだろう。
は今日も今日とて肉まんを籠にどっさりと詰め書庫へ駆け込んできた青年の姿に、盛大にため息を吐いた。
また来やがった、この男。
嫌いではないしむしろ屈託ない性格の点は好ましい男だとは思っているが、さすがに頻度が多すぎやしないだろうか。
もしこの場であのチビ軍師とかち合ってしまったらどうするのだ。
軍師のくせに短絡的な男だ、うっかり朱然との仲を怪しまれて即決闘にでもなりかねない。
「聞いてくれ! ついに今日は笑ってもらえた!」
「はいはい良かったですねー、義封殿が幸せそうで私も安心して内職に打ち込めます」
「次はどうすればいい。俺としてはやはりまずは名を知りたい」
「訊けばいいじゃないですか、義封殿が訊いて答えない女なんていないですって」
「家名を使ってではなく、誠意から教えてほしいのだ! ついては交友関係から近付きたい、頼む」
「誠意って意味わかってます?」
城下の甘味処に大層美しい娘がいたらしい。
そんじょそこらの町娘とは明らかに物腰から何からがとにかくまるで違っていたらしいその娘に、朱然が一目惚れした。
あれは絶対にいい娘だ、ぜひともものにしたいと息巻くのは別にいい。
娘と店の迷惑にならない程度に恋路を爆走していただきたい。
は差し入れの肉まんにぱくつくと、友人から依頼された布地を広げた。
糸の色に悩んでしまう。
どうせなら立派に着こなしてほしい。
赤々としているよりも金糸や銀の方が上品だと思うがはて、近頃街に北からの商人は出向いていただろうか。
「へえ、いい生地だ。誰のだ?」
「友人から。なんと! あの凌統殿の佳い人からのご依頼なの」
「噂は聞いたことがある。やっぱりすごい美人なのか?」
「そうね、とても素敵な人。といっても私もあまり素性とかは知らないのだけど」
そういえば友人はこのところ、城下で働き始めたと言っていた。
しつこい客の御し方がわからないとぼやいていたが、その後どうなっただろうか。
あまりに酷い手合いのようなら、朱然を見回りに向かわせることも吝かではない。
甘寧の子分たちが既に取り巻いている可能性もあるが。
「でもあの店、妙に甘寧殿の子分が出入りしてるんだ。ひょっとして穴場どころか評判の店か?」
「義封殿、しつこいお客さんと思われたりしてないですよね」
朱然が叶わない恋をしているようにしか思えなくなってき。
は、何も気付いていなさそうな気のいい男をほんの少しだけ不憫に思った。