4.もっと声を聞かせて、呼んで
お帰りなさいませと屋敷で出迎えられ、凌統は相好を崩した。
そういえば彼女とは先日祝言を挙げたんだったか。
何がどうなって彼女がこちらに来て結ばれたのかはよくわからないが、凌統はこの幸せな日常に満足しきっていた。
「いけません公績様、お戯れがすぎます!」
「公績様は私には過ぎた方でございますわ・・・」
「公績様は本当に殿を慕っておいでなのですね」
何度も何度も名を呼ばれ、その度に夢見心地になる。
いや、これはたぶん夢なのだろう。
確信した直後、彼は覚醒した。
「夜更かしされてるから今の時間に眠くなるのでは?」
「軍師さんにはまだわかんないって、大人の夜の過ごし方は」
「知らなくて結構です。まったく・・・、寝言でも女性の名を繰り返しておられましたよ」
にやけながら呟かないで下さいと陸遜に釘を刺され、凌統は苦笑した。
喋ったつもりはないのだが、感情は抑えきれなかったのだろう。
凌統は筆を動かし続けている陸遜の背中に向かって呼びかけた。
「いくら俺の呟いてた名前が綺麗だからって、軍師さんにはあげないよ」
「いりません! 寝言はおしまいです、仕事して下さい凌統殿」
まだまだ幼い軍師さんにはわからないか。
陸遜でなくても、誰も凌統の心中はわからないだろう。