お題・10
10.暗い雨、叩きつけて、隙間が広がる、君が、見えなくなる



 いつだって予想の遥か斜め上どころか、用意していたグラフの天井を突き破り我が道しか行かない人だった。
それは出会った頃から今までずっと変わらなくて、だからいつしかそれが当たり前だと受け入れ慣れ、
楽しむ余裕さえ生まれるようになっていた。
彼女は人を慌てさせ、困らせることにおいては天才だった。
天才だったと過去形で話してしまうのは、彼女が今はこの世界に存在しないからだ。




「・・・いないはずなのに、なぜだ」

「鬼道くん・・・? ・・・やだ、なんでここにいるって知ってて・・・」

「それは俺が訊きたい。いったいいつから戻っていたんだ。今までどうしていたんだ。
 ・・・本当に還ってきたのか!?」

「鬼道くん、どうしてそんなに怖い顔してるの・・・? ねえ、どうして怖い顔してるのに泣きそうなの?
 ねえねえ、どうして」




 世界からサッカーが消し去られた時、彼女は消えた。
何が理由なのかは知る由もないが、彼女がいたという事実すら消し去られ、自身を初めとした人々の記憶から綺麗さっぱりなくなった。
ようやく彼女を思い出してもそれは記憶だけで、彼女自身が戻ってくることはなかった。
しかし、今もまだすべては解決していないはずなのに彼女は目の前にいる。
記憶の最後にいた姿よりも2歳ほど若く見える、極端にこちらに怯えている様子でジャングルに立ち竦んでいる。
いったいどうなっている、なぜ消えたはずの彼女がここにいる。
真実に行き着くのにさほど時間を要さなかったのは、過去を知るからだ。
あの時彼女が会ったとしきりに騒いでいた幻の『鬼道』とは、未来から現れた『鬼道』だったのだ。




「・・・話がある。大切な、話だ」

「鬼道くん・・・?」



 幻はどちらだ。
いや、どちらも幻にはさせるものか。
鬼道は大きく深呼吸すると、やがては消える愛しい人に向かって口を開いた。





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