03.はぐれた声が聞こえますか
今日はアリシアをまだ見ていない。
あからさまに不平不満だらけの表情を浮かべる周囲を半分無視して匿うことになったアリシアは、
言うまでもなく賢者一族の館での評判は良くない。
魔力らしい魔力もろくに持たないただの小娘風情がなぜここにいるのかと、面と向かって挑発する連中もいる。
アリシアは負けん気の強い性格をしているのでその度に撃退をしているようだが、
それは同時に敵を増やす行為にもなりかねないので頭が痛い。
そもそもこちらにもっと一族を統べるにふさわしい力があれば。
何度もそう考え落ち込み、そして励ましてくれたのもアリシアただ1人だった。
アリシアを今日のような過酷な環境に追いやってしまった張本人だというのに、それでもなおアリシアは優しかった。
自信を持てと言ってくれたのは、アリシアが生まれて初めてだった。
彼女だけは何があっても守り通したい。
アレフガルドに生きるすべての人間を救うことはできないが、彼女だけはたとえこの身が果てても守りたい。
そう心に決め修練に打ち込むようになってから、アリシアと会いにくくなってしまった。
無責任な話だが、自分がいない間彼女がどこで何をしているのかはわからない。
大人しく部屋に閉じ籠もっているような娘ではないし、きっと今日もどこかで喧嘩を売られ、そしてまた恨みを買っているのだろう。
恨みが積もりすぎて余計なことにならなければ良いが。
目下一番の悩みを呟いたミモスは、不意に襲われた寒気に思わず腕を組んだ。
誰かが神聖なる精霊の御許で死の呪文を唱えた。
決して禁じられてはいないが、使わないというのが暗黙の了解となっているかの呪文を唱えた者がいる。
賢者同士の諍いで使うのは危険すぎる。
ぼんやりと犯人を探っていたミモスは、はっと我に返った。
犯人などは誰でもいい。
唱えられた相手は確実にアリシアで、今最も考えるべきは彼女がどこにいるかだ。
アリシアに呪文の耐性はない、普通の人間にはそのような力はないのだ。
「人が人を殺めるなど・・・、愚かにもほどがある!」
ミモスは外へ飛び出すと、高らかにアリシアの名を叫んだ。
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