満月に願いを
願いの丘と呼ばれる遥か天に向かってそびえる丘の頂上にようやくたどり着いた達。
昼頃に登り始めたはずなのに、道中の魔物達の強さと頂上までの長さのおかげで、
やっとこさ頂に達した時には既に丸い、大きな月が姿を現していた。
今宵は満月。何かが起こりそうな夜だった。
「でも、こうやっててっぺんに登ってみたのはいいけど、な~んにもないじゃない。
やっぱりキラさんの言ってた話はおとぎ話だったのかしらね・・・。」
かつては何かが行われていたのだろうか、
頂上の地面にはうっすらとなにやら不思議な文様が描かれていた。
が、今はもう当時の面影はなく、
白い建物の残骸のようなものが月の光に照らされて陰を作っているだけだった。
このさして広くない空間を前にゼシカがそう呟いたのも無理はない。
ここには彼らの願いを叶えるようなものは、何一つなかった。
「でも、ここ、すごく眺めがきれい。ほら、見て。
町があんなに小さく見える。」
幾分かはしゃいだ様子のを見て、はふっと小さくため息をついた。
には過去の記憶がないらしい。
マイエラ修道院で発見される以前の事を何も覚えていないのだ。
そんな彼女にとっては、たとえこの景色が過去に見たことがあったとしても、初めてのように思えるのだろう。
「、そんなに身体を乗り出してると、ここから落ちちゃうよ。
危ないからもう少しこっちにおいでよ。」
身を乗り出すようにして下の景色を眺めている彼女にはそう声をかけた。
あ、うん、と言って慌てて彼の近くにやって来て腰掛ける彼女の瞳はきらきらと輝いていた。
「なんか、ここってお月様も近くに見えるし、
下にある町も明かりに照らされてきらきらしてる。
私、こういう所好きだな。
それにここにいるとなんか歌いたくなっちゃう・・・。」
「聞かせてよ、の歌。
私、1度の歌を聴いてみたかったのよね。」
「俺も同じく。ロマンチックな場所でレディの美しい歌が響く。
これ以上いいシチュエーションがあるか?」
仲間達のたっての希望もあって、は歌う事にした。
ゆっくりと中央へ歩み寄ると、そこで彼らに向かってぺこりと頭を下げ、
次いで満月へと顔をめぐらせた。
は目をつむった。
彼女の口から歌が流れてきた。
何かに語りかけるように紡ぎだされる彼女の声は、ひんやりとした風の中にも暖かく染み込んだ。
その声は暖かく、達は包み込まれるような心地さえした。
彼女のような声を天使の声とでも人々は言うのだろうか。
はいつまでも彼女の歌を聞いてみたいと心から思った。
が歌いだしてからほんの数分の後、不意に彼女の周りが光りだした。
その光はの姿を覆うようにして輝く。
その突然の出来事に達は目を見張った。
それは自身もそうだった。
やがて光がおさまった。何があったのかと5人は辺りを見回した。
すると白い建物の残骸部分に、1つの窓が出来ていた。
さっきまではなかった、まるで彼らを導くかのように存在する窓が。
達は互いにうなずきあって窓を思い切り開いた。
窓の先には月がきらめく空間があった。
「ここは・・・?」
なんとも不思議な空間にやって来た達は、その非現実的な現象にただ驚くばかりだった。
浮いている床、その先には流れる水に囲まれるようにしてポツリとある一軒の館。
戸惑いを隠せない達を前に、はおもむろに館に向かって歩き出した。
そんな彼女について行くようにして彼らも館へと歩んでいく。
が勝手知ったように扉を開くと、
そこには中性的な容貌をした1人の麗人がハープを手に持ち彼らを待ち構えていた。
「ようこそ月の世界へ、人の子達。
人の子達の願いは何かな?
・・・いや、聞くまでもない。全ては彼らが知っている。」
自分が何者なのかを名乗る前に、いきなり達を人の子呼ばわりした彼はハープをかき鳴らした。
するとハープから発せられた何かがの靴の周りを回った。
その何かはすぐにハープの人の元へ戻り。
「あの・・・、あなたは誰ですか?
ここは・・・?」
「ここは月の世界。人の子達の願いを1つだけ叶える事が出来る。
私はイシュマウリ。ここの住人だ。
先ほど願いの丘で素晴らしい旋律を響かせていたのは、貴女ですね。」
そう言うとイシュマウリはの前へ音も立てずにやって来て、
そっと彼女の手のひらに口付けした。
あまりにも気障ったらしいその行為に達は途端に警戒心を強める。
そればかりかの身体からは殺気のようなものさえ感じられた。
「あ、あの、イシュマウリさん、
私達ここに来れば願いが叶うって聞いて、それで来たんですっ。
願いを叶えてくれますか・・・?」
が心配そうにイシュマウリに尋ねた。
すると彼は至極満足そうに頷き、そして達に向かって言った。
「ここでのんびりとしている訳にはいきませんね・・・。
アスカンタの王の悲しみを慰めに行きましょう。
それには・・・、貴女の力が必要かもしれませんね。」
「え・・・?」
イシュマウリは意味深な言葉を彼女に投げかけるとそのままハープを奏でた。
すると突然目の前の光景が歪んだ。
次に彼らが気が付いた時、彼らはアスカンタ城内の1階にいた。
驚く達を尻目に、イシュマウリはにそっと微笑みかけた。
「いつものままでいいですから。
貴女の歌声には貴女が知らない力が隠されている。」
満月の夜、ハープとの歌声によるささやかなコンサートが開かれようとしていた。
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