蘇える生命



 今宵は満月。神秘の魔力が増幅する時であり、月夜のコンサートを開くにもばっちりだとイシュマウリは言った。





「・・・あのですね。そうやって何かにつけてに近寄るのやめてもらえます?
 ちょっと見た感じ痴漢変態ですよ。」




 ハープを見事に手に入れた達は、再び呪われしトロデーン城を訪れていた。
ここでないとイシュマウリには会えないのである。
イシュマウリは嬉々としてそれを受け取ると、喜びのあまりか、はたまた恋しさか、手渡した彼女の手の甲にまたもや唇を落とそうとした。
しかしさすがに同じ手を2度も使われるのはたまらず、は彼が行動に移す前にぴしゃりと釘をさした。







「で、イシュマウリさん、船はなんとかなりそうですか?」


「おそらく。とにかくその船の待つ場所へ行くとしよう、人の子達よ。」





イシュマウリ流瞬間移動は音に酔ったようでたいそう気持ち悪い。





























 古代船は静かに、永い年月を経て再び海へ戻るのを待っていた。
イシュマウリは船に近づくと目を細め、愛おしそうに帆柱を撫でた。






「まさか今の世に相見えるとは・・・。」





思い出すのは遥か昔の光景。
空には雄々しき翼を広げ舞う竜が。地にはその背に白き翼をつけた天使が。
月には自分を始めとする月の住人達もいた。
人間達は楽園で過ごし、船という名の海を自由に行き来する乗り物を造り出した。
この船には当時の面影が充分に残っていた。







「かつてここは海だったそうな。
 では、このハープの力でこの地が海であった日の事を思い出させよう。」





イシュマウリは事も無げに言うと目を閉じ、ハープを優しく奏でた。
達の、水などあろうはずのない砂漠のど真ん中から青々と澄んだ水が溢れ出てくる。
驚く達を余所に、水はの腰の辺りまでやってきた。




「これがハープの力・・・。」




がぽつりと呟いた。
と、水がいきなり消えてしまう。
イシュマウリはため息をつくと寂しそうに言った。







「この船が生きていた時は、君達が想像しているよりももっと昔の事だ。
 たとえハープの魔力が強大だろうと、すべてを思い起こさせるのは難しい・・・。」





達の顔にも失望の色が現れる。
妙な沈黙の中、いきなりミーティア馬姫が嘶いた。
手綱を解こうとしている。
やがて自力で振りほどくと、月に向かって高く鳴いた。







「お姫様・・・、歌いたいのかな・・・。
 ほら、ミーティア様ってとても歌がお上手なんでしょ? だから・・・!!」





の問いかけに大きく頷く姫。
イシュマウリはふっと微笑むと、再びハープをかき鳴らし始めた。
どこか悲しいその曲調に合わせ姫が歌いだす。
けれどもそれは馬の嘶きにしかならなかった。








っ、私の手を握って!! お姫様の事をよく思い出して。
 もしかしたら・・・、お姫様の声だけでも聞こえるかも。」



「えっ!?」


「本に載ってたのよっ。ここにはハープの魔力も満ちてるから、お姫様の声も・・・!」





 説明する間も惜しいのか、はばっとの手を取った。
そして目を瞑る。
、そして馬の身体が青白い光を発し始めた。
するとどういう訳だろう、馬であるはずの姫から美しい歌声が聞こえてきたではないか。
ハープの調べに乗って姫の透き通った歌声が砂漠に響き渡る。
いつの間にか幻の水が船を浮かび上がらせていた。
目の前に現実に唖然とする5人とトロデ王。
すっかり水の中にいるというのに、息も苦しくない。


 手の届く所にはない空中の船に向かってイシュマウリが手を伸ばした。
真っ白な階段が彼らを導くかのように現れる。
うっとりとしているを放ってゼシカとククール、ヤンガスが一目散に階段を登っていく。
姫も歌い終えて、感極まって泣いているトロデ王と一緒に船へと行っている。
残された、そしてイシュマウリは言葉を交わすこともなく、ただ船を見上げていた。
おもむろにイシュマウリが口を開いた。







「私は昔、この船を仲間達と共に月から眺めていた。
 人という生き物はなんという素晴らしいものを造ったのだろうと感心していた。
 しかし月日が経ち、かつての面影はとうに消え失せた。
 そんな時、私は君達2人に出会った。しかも2度も。
 消えたハープを取り戻し、この古代船を復活させた。
 本当に感謝している。」






この人そんなに年を取っているのかなどと考えていた2人は、次に言った彼の言葉に目を見開いた。

















「私はあの者達を人の子と呼んだ。
 ・・・が、君達2人は果たして人の子なのだろうか。
 私にはとても人の子のようには思えない。」






「・・・どういう事ですか? 僕とが魔物とでも?」





の言葉に彼は淡く微笑んだだけだった。
それが肯定を意味しているのか、あるいは彼にもわからないのか、イシュマウリはそれきりこの事に関して何も言わなかった。






「誰であろうと私はやゼシカ達と一緒にいるよ。」



「僕も、姫様と王の呪いを解いて、ドルマゲスを倒すまで頑張る。」






はお互い顔を見合わせてにっこりと笑った。
の手を引き、船の元へ行こうと促した。
大きく頷いたはイシュマウリにお辞儀をすると、軽やかに水中の階段を駆け上がって行った。
全員が船に乗り込んだのを見計らったかのように、船が幻の水を掻き分けつつ大海原へと出た。
古代船の出港を祝うかのように、イシュマウリの奏でるハープの音色はいつまでも響き渡っていた。



























 「ただの気障かと思ってたら、結構イシュマウリってすごかったのね。」




潮風に髪をなびかせながら、ゼシカは隣になっているに話しかけた。






「そうだよね。でも、お姫様の歌すごく綺麗だったし、お姫様のおかげでもあるよ。」



「ほんと。は毎日あの声聞いて過ごしてたのね。
 そりゃあモグラの声に混乱するのも当然。」






モグラと聞き、あの恐怖の攻撃方法を思い出したは苦笑した。
あれは過去に例を見ない恐ろしい攻撃だったと思う。






「俺はの声も好きだけどな。
 なんで歌ってくれなかったんだ? ちょっと期待してたのに。」





ククールがさりげなくの肩に手を置いて尋ねてきた。
彼の言葉に同調するかのようにゼシカもどうしてと聞いてくる。
は少し考えてから、なんとなくとだけ答えた。






「なんとなく? なんとなく歌わなくて、姫様の声を人間の歌にしたのかよ。
 あの呪文どうなってんだよ。
 に姫様の事思い出せって・・・。」



「あれ? ほら、イシュマウリさんはハープと自分の魔力かなんかで昔のあそこが海だった時の事を蘇らせたでしょ。
 だから、私も真似しての思い出の中からお姫様の事引っ張り出せれば、声ぐらいは復活できるかなって・・・。」










 は知らなかった。
ゼシカ達は感心して話を聞いているが、この呪文を目の当たりにしたイシュマウリが彼女の持つ魔力の高さと、術の難度から
人の子ではないという疑問を抱いていた事に。




ちょうどその頃、船の反対側の甲板では物思いに耽っていた。








「兄貴、そんな辛気臭い顔してどうしたんでがす。
 悩み事でがすか?」



「ねぇ、ヤンガスはこの世界に人でも魔物でも、月の住人でもないものがいると思う?」







何も知らないヤンガスには聞いてみた。
仮にも神を信仰する修道院に身を置いていたククールや、亡き兄の面影を今もどこかで追っているゼシカに尋ねるよりは、
ヤンガスに聞くのが1番良さそうだと判断したのである。
ヤンガスは難しい質問でがすとか言いながら、話し出した。










「あっしは別にそういうのがいても構わないと思うんでがす。
 それに世界は広いんでがすから、ヘチマウリのような奴にも会ったんでがす。
 上手くは言えないんでがすが、あっしはたとえ相手が何であろうと、気が合えばそれでいいと思うがす。
 モリーのおっさんは魔物と友達でがす。」







ヤンガスにしては上出来すぎる答えだった。
飾らない言葉だからこそ、彼の言っていることがよくわかった。
はヤンガスにありがとう、僕もそう思うよと言うと、再び海へと視線を移した。








「僕、なに考えてたんだろ・・・。
 あの人の言葉信じすぎだよね。ただの気障な人なだけなのに。」







 ぐ~んと大きく背伸びした。
この話はなかった事にする。
そう考える事での心は4倍ほど軽くなった。
心が軽くなったかと思えば、急にの叫び声が反対側から聞こえてきた。
どうやら魔物のお出ましらしい。








 「いやぁーーーっ!! 来ないでぇーーーーっ!!
 メラミメラミメラミーーーー!!」





の3連続メラミは、彼女のイカ嫌いを知らせる合図だった。



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