影踏み鳥



 「こういう原始的な土地、私は大好き。」





 はそこら辺で拾ってきたどでかい葉っぱを日傘代わりにして、歩きつつ言った。
レティシアという神鳥を崇める人々が暮らす村を訪れたたちは、そこでレティスにまつわる話を多く聞くことができた。






「村を出て左に向かっていくと、巨大な鳥の影が現れるだなんて、ここの人たちには方角というものがないのね。
 ちょっとびっくりしちゃった。」



「私も。
 レティシアの村人さんたちにとって、世界はこの広い大陸だから、北も南もなくていいんだよ。
 たぶん、この土地がみんなの庭みたいな・・・。」


「そりゃまた広い庭だとかで。」






 きらびやかなネオンはない。
文明も他の国々と比べると未発達だ。
しかし、村の人々はそれらがなくとも気にしてはいなかった。
異郷のたちのことだって、珍しい客だと言って暖かく歓迎してくれた。
そして、レティスについての神話をあれこれと聞かせてくれたのだった。






「僕たちがここに着いた時に見たあの影は、レティスのものだったかもしれないね。」


「でも、レティス自体はどこにもいないでがす。」





 そう言うとヤンガスは、前方の神鳥の宿り木付近に突如として現れた巨大な影を指差した。
同じ地点をくるくると回っている。
その動きは、まるでたちを待っているかのようだった。






「追いかけよう。
 みんな、疾風のリングは装備した?」





 の問いかけに、ククールたちは手を見せた。
それぞれの指には、きらりと小さくきらめく指輪がはまっている。
さすがに左手の薬指にはめている人はいない。
はバンダナをきゅっと結び直した。
今日のバンダナは、錬金釜で作り上げた疾風のバンダナだ。
見えない、影だけの物体を追いかけるのだから、見失わないように素早い動きをしなければならないのだ。
影が動き出した。
その少し後ろを全力疾走で追いかけるたち。
この炎天下の中こんなマラソンをしては、熱中症でぶっ倒れそうだ。
もしくは脱水症状か。
はふっと自分の斜め後ろを走っているに目をやった。
体力の少ない彼女にこんなことをさせるなんて、影もなかなかの曲者だ。
と目が合った。
相変わらず青々とした葉っぱを片手に持って疾走している。
邪魔にならないのだろうかとも思ったが、気に入っているようなので何も言わない。
実際は、葉っぱを手に走っている彼女の姿が、まるで妖精さんのようで可愛らしいだけなのだが。
に向かってにっこりと笑った。
そして、空いているほうの手を胸の前に構えると、の頭上にそのしなやかな手を突き出した。
ごおおおおおっっと、肉の焼ける音が頭の上からする。
走りながらの行動なので、たちは少しずつ先に進みつつあったが、先程までのいた地点に、どごっとなにかが落ちた。
焦げている、いい匂いがする。







、どうせワニバーン殺るならマヒャドにしとけよ。
 メラゾーマじゃ暑苦しくなる。
 あ゛ー酸素。」


「ごめんねククール。
 じゃあ、次はバギクロスしてね。」






 は後方での会話を聞いて、暑さからではない別の汗をかいた。
もしもあの時立ち止まっていたら、もれなくバーベキューのおかずになるところだった。
というか、いつの間にかにっこり笑顔でメラゾーマを繰り出すような子に進化したんだ、と悲しくもなる。
地面が柔らかい草原ではなく、ちょっとした荒地になっていた。
影は高台を登るように動く。
そして、宙に浮いている黒い渦巻状の穴に吸い込まれていった。
はそっと穴に近づいた。
その途端、ものすごい力で引き寄せられた。
下手をすれば、吸い込まれかねない。







「ちょっ、吸い込まれるよ!?」


「あ、兄貴ー!!」






 逃げ出そうとすれば、ますます引っ張る力は強くなっていく。
ヤンガスがを掴んでも、ずるずると穴に吸い寄せられていく。





「もう潔く吸い込まれろ、お前ら。」


「はい!?」






 ククールはとん、とヤンガスの丸々とした背中を押した。
穴が大きくなり、吸引力がさらにパワーアップする。
それはもう、周囲の小石とか巻き込みそうな勢いで。
の足が遂に地面から離れた。
ヤンガスもろとも穴の中に入る。
続いて、ゼシカたちの小さな悲鳴も聞こえる。
!? とゼシカが叫んだ。
彼女に何かあったのか、ククールも慌てた声を出している。
は気が気でなかった。
の姿を探したが、見つからない。
葉っぱがふよふよと異空間に浮いているだけだ。
ぽーん、との身体が地面に叩きつけられた。
ヤンガスの巨体を避け、たちの到着を待つ。
待っている数秒の間に、はこの世界の異変に気がついた。
ここには色がないのだ。
草も地面も、黒と白の世界だった。







大変! が!!」





 色鮮やかな2人が穴から飛び出してきた。
2人の近くでは、やはり葉っぱが浮いている。
風なんてないのに、不思議なこともあるのだ。






はどこ!?
 !?」



「それがな、驚いたことに・・・。」







 はまずは謎の現象を引き起こしている葉っぱを取り除けようとして、近づいた。
伸ばした手の先が、ふにっとものすごく柔らかいものに触れた。







「え?」






 なんだこの感触は、と思いはそのまま手を上下に動かした。
なんだかどこもかしこも柔らかくて暖かい。
そして、微かに震えている。






「あの、ね・・・。
 は・・・。」






 ゼシカはの腕を取り上げようとした。
しかし遅かった。
突然、の頬に衝撃が走った。
ばっちーんと乾いた音がする。






の・・・、の・・・・・・・!!
 へ、変なとこ触らないで!!」



「その声は・・・、!?
 どこにいるんだいっ!?」



「お前の目の前だよ。
 そうだな・・・、葉っぱの辺り。
 そうだろ。」






 そうだ、と言わんばかりに葉っぱが上下に揺れ動いた。
開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだろう。
原因はわからないが、は透明人間になってしまったのだ。
そういえば、さっきの感触はえらく柔らかかったし、暖かかった。
待て、変なとこって、一体どこを触ってしまったというのだ、僕は。
なんて大胆なことをしてしまったんだ。







ごめん!!
 その、僕はどこを触ってしまって・・・!!」



「あの動きからして・・・。」


「ククール、あんたはちょーっと黙っててね。」






 葉っぱがゼシカの背後に回った。
今の彼女にとってそこは、唯一の安全地帯である。
は極めて慎重に葉っぱに触れた。
この辺りに彼女がいるのだ。
見えなくなったのはとても悲しい。
またニアミスを起こしそうだ。
先程のは決してニアミスではなく、完全にヒットしていたのだが。





、その葉っぱ失くさないようにしてくれるかな。
 僕ら、全然が見えてないんだ。」



「うん・・・。
 でも! ・・あんまり密着しないでね・・・、ゼシカ以外は。」






 声はきちんと聞こえるのだ。
それがまだ、せめてもの救いというべきなのだろう。
近寄るなと言われてはかなりのショックだが、そうせざるを得なかった。
元の世界では影だけのレティス。
そしてこちらの世界では、声だけの
もう訳がわからない。






「兄貴、ここはレティシアの大陸でがす。
 ということは、同じ場所に村があるって事でがす。」



「そうだね。
 ・・・レティスはともかく、レティシアに行こう。
 、何かあったらすぐに言ってね。」


「うんわかった。
 いきなり火の玉飛ばしたらごめんね。」






 レティシアまでの道中、の急襲が戦闘に大きく貢献したのは言うまでもない。



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