聖地崩壊 決闘編
しっかりと閉じたはずの十の指の間から、光が零れていく。
掴み取ることもできず、それらは手の中から完全に消え去ってしまった。
残された空虚な思いは、光を求めることでさらに深くなった。
今、光はどこにあるのだろうか。
ゴルドに到着したは、辺りを見回した。
サヴェッラ大聖堂に負けないくらいに聖職者が多いこの地に、捜し求めているただ1人の少女はいなかった。
いるはずがないとは思っていた。
自らマルチェロを救いに向かった彼女が、人込みでうろちょろしているわけがないのだ。
「・・やっぱり、張本人に聞かなきゃわかんないのかな・・・。」
ぽつりと呟いたその言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
順番に仲間たちを見る。
皆、自分を見つめていた。
迷い、立ち止まっているのは己だけだ。
自分が動き出しさえすれば、も帰ってくる―――――――――。
「・・・ごめん、おまたせ。行こう、マルチェロの元へ。」
それは、が闇の力によって苦しめられ始めた直後のことだった。
新法皇の就任の報を聞きつけ押し寄せた大勢の人々の向こうに、マルチェロはいた。
彼に近付くべく足を踏み出すが、彼の息がかかった聖堂騎士団に邪魔される。
「どうする、一気に燃やしちゃう?」
「それはマルチェロにぶつけといて。」
とは言ったものの、さすがに包囲されてしまっては太刀打ちできない。
じりじりと追い詰められていると、天の助けと言わんばかりにレティスの子(魂)が叫んだ。
『みんな、ボクに力を集めて! 一気に飛んじゃうよー!!』
「その手があったでがす! さすがひな鳥!」
金色の光となり、群衆を突っ切る。
瞬く間にマルチェロの立つ壇上に着陸する。
マルチェロは演説を止めると、たちを見つめた。
その貌には悪魔的な笑みが浮かんでいる。
の姿はない。
助けられなかったのかと、心が折れそうになる。
「・・・またお前たちか。本当に来たのか、やられるだけのために。」
「は、どこにいる?」
「? ・・・あぁ、あの小生意気な小娘か。さぁ、どうしたか。」
今頃は消えうせているかもしれん、と嘯くマルチェロに、は剣を突きつけた。
頭にかっと血が昇っていた。
消えるなんてとんでもない。
光がなくなったら、自分はどう生きればいいのだ。
「・・・に、何をした。」
「くだらない。」
振りかぶった剣が空を切った。
代わりに、背中に鈍い衝撃が走る。
思わずよろめき、その隙をさらに突かれた。
1人で突っ走んのは禁止と舌打ちして、ククールがベホマを唱える。
ようやく我に返り、改めて眼前の敵を睨みつけた。
ただの、人間のマルチェロではない。
ラプソーンの杖の力が宿った、危険極まりない男だった。
冷静になれなければ、殺される。
頭ではわかっていても、心が納得しかねた。
そこにまた迷いが生じる。
「兄貴!! 決める時はバシッと決めるのが男でがす!
ここは抑えてくだせぇ。あっしらと一緒にを取り戻すでげす!」
一緒に取り戻す。
ヤンガスの言葉に、の気が静まった。
そうだ、戦っているのは1人ではない。
頼もしい仲間がいる。
がむしゃらに喰らいついても、引きずり戻してくれる人がいる。
――――――だから、今こうして戦えるのだ。
は剣を正眼に構えた。
の言っていた、『救う』という意味がやっとわかった。
独りでない限り、周囲に信頼できる友人がいる限り、人は救い救われるのだ。
マルチェロのように常に孤高であった者は、闇に堕ちても救いの手を差し伸べる者がいない。
闇は何も見えない。
隣にいるはずの善良な人の姿すら、見せてくれない。
は、自らを光に例えたかどうかは別をしても、闇へと飛び込んだ。
彼を闇から解き放つきっかけに、差し伸べる手となるために身を投げた。
その結果がどうなったのかはわからない。
今ここに闇に侵されたマルチェロがいるだけで、の願いが無に帰したとは思いたくなかった。
彼女が精神面からマルチェロを救うのならば、自分は肉体から、手から杖をもぎ取ろう。
それが、己の身を顧みず闘うへの支援だった。
「ヤンガス、少しの間引き付けててくれるかな。
ククール、ゼシカ、僕が余計なこと考えなくてもいいように、サポート頼むね。」
背後で頷く気配を感じた。
は気を溜め始めた。
体内に眠る潜在的能力を呼び覚ます。
未知の力を引き出す必要があった。
体の内側に気が集まり始める。
ゆっくりとマルチェロを見据えた。
ヤンガスが斧を振るって奮戦している。
そろそろ、決着をつけるべきだった。
「・・・あなたの相手は、僕だ。」
「死に急ぐか。」
は何も答えなかった。
黙って剣を水平に構え直すと、それは金色に光る雷に変わった。
「引きずり出して焦がしてやる。・・・・・・ギガスラーーーーーシュ!!」
めいっぱい力と思いをこめて雷刀を振り回した。
ばちばちっと凄まじい音がして、マルチェロの身体に直撃する。
身も凍るような叫び声を上げ地に伏すマルチェロ。
体のあちこちが焦げているようだが、杖は手放していない。
そればかりか、笑い声まで発し始めた。
「・・・何がおかしいんだ・・・。」
「ふ、ふはははははは・・・・。もう遅い! 遅すぎるわ!
今ここにラプソーンは復活する! 暗黒の世の始まりだ!!」
ゆらゆらと立ち上がったマルチェロは、どんと杖を地面に突き立てた。
ぴしりと亀裂が入る音がする。
次いで、地割れの音。
ラプソーンが目覚めるにふさわしい、暗黒の序曲のようだった。
「ちっ・・・、もういいだろ! いい加減目ぇ覚ませよ!!」
茫然自失となっているマルチェロを、ククールが揺さぶった。
その拍子に彼の手から杖が落ちる。
はっと我に返ったマルチェロは、辺りを見やって顔色を変えた。
言葉としては何も聞こえなかったが、口がなにやら動いた。
かと思うと、ククールと突き飛ばしどこかへと消え去る。
重傷人にもかかわらず、その動きは急いでいるように見えた。
「っ、ここからちょっと離れましょ! 私たちも呑み込まれちゃう!」
ゼシカに引っ張られるままに鳥となって空中を舞う。
は、マルチェロの動向が気になって仕方がなかった。
の行方もわからずじまいだ。
彼には、マルチェロの呟きがの名を呼んだように思えてならなかった。
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