時空を越えて
穏やかな風が頬を、髪をくすぐる。
大地がどれほどの時を経ても、ここだけはずっと昔から同じだったに違いない。
色とりどりの花に覆われぽつりと置かれている墓石に向かって、はにこりと笑いかけた。
彼女が隣から消え、その寂しさにも慣れようとしていた。
心に開いた穴がふさがる事はないが、痛みや苦しみは無情にもあまり感じなくなってくるのだ。
周囲の人々だって、彼女がいない世界に何の不満も違和感も覚えずに暮らしていた。
それもそもはずだった。
永くトロデーン上に安置されていた杖の中で眠っていたとはいえ、彼女の姿を見た者など1人もいなかったのだ。
と王と姫だけが、複雑な思いを抱いて生きていた。
という1人の少女が身も心も犠牲にした世界に、何の業も背負わずに存在している。
それがにはとてつもなく辛く、耐えがたきことだった。
万余の人が彼女のことを忘れたとしても、自分だけは覚えているという自信はあった。
しかし、いないことが当然の世界でもなおその思いを貫くことは予想以上に哀しいことだった。
だからは探し続けた。再び彼女に逢う方法を。
再びこの腕で彼女を抱き締める方法を。
何年でも何十年経ってでもいい、おかえりと言いたかった。
「・・・遅くなってごめんね。1人でずっと寂しかったでしょ」
声なき墓石に語りかける。
独りだったのはも同じだった。
死んだとはレティスは言わなかった。
そもそも、翼を持つ一族の寿命は人間とは比べ物にならないほどに長いと聞いていた。
そのせいだろうか、時間はまだたくさんあるとは感じていた。
姿形が変わってもはわかってくれると信じていた。
は城中の、いや、世界中のありとあらゆる文献を漁った。
今となっては暗黒魔城都市にあった蔵書が一番答えに近かったのではないかと思っている。
人間の歴史など、魔族やのような種族にとってみればほんの一瞬のことでしかないのだから。
夢で見たあの場所だって、そこに行けばがなんとかなるかもしれないという考えから赴いたのだ。
自身の出生の秘密を知ったことについては、それはそれで良かったと思っている。
やはり自分にも父の血が流れているのだと感じることもできて嬉しかった。
「ラプソーンと戦って強くなっといて良かったよ。みんなも全然力は衰えてなくてね。
やっぱり男は強くないと駄目なんだね」
はよいしょっと立ち上がると布に包まれた1本の杖を取り出した。
まさかこの杖が役に立つとは。
これを与えた男のことは嫉妬とかも相まっていまいち好きになれないが、今は感謝するしかない。
「・・・約束、守ってくださいね、竜神王」
が天に掲げた復活の杖の先端が、何者かの強大な力を受けて光り輝いた。
時間の感覚がない。
最期にたちと別れてから、どれだけの月日が流れたのだろうか。
1年か10年か、それともまだ3ヶ月や半年か。
夢の世界へも行けないは、ずっと独りきりだった。
彼らは今頃どうしているだろう。
ヤンガスはパルミドのごみごみした所に住んでいるのだろうか。
ゼシカはちゃんと実家で大人しくしているだろうか。
ククールは相変わらず綺麗な女の人を口説いているのだろうか。
王や姫の呪いは解けたのだろうか。
・・・は、今も自分のことを愛していると言ってくれるだろうか。
不安で押し潰されそうになったことがよくある。
そしてその度に頭を切り替えるのだ。
外に出たらああしたい、こうしたいと。
何を食べたい、どこに行きたいと楽しいことを考え続けた。
『・・・・・・・・・で』
(声が、した?)
無音の空間に聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。
初めは弱く微かな。は精神を集中させた。
幻聴ではないと信じていた。これは、外からの何らかのメッセージなのだと信じて疑わなかった。
『・・・・・・、帰っておいで・・・・・・』
(の声だ・・・!)
は叫ぼうとして、喉が、口がないことに気が付いた。
手を伸ばそうとして、肩すらないことを思い出した。
の声が大きくなる。
は念じ続けた。私はここにいる。
逢いたい、今すぐあなたに逢いたい――――――――――。
周囲が急に明るく、そして暖かくなった。
突風が襲い花びらが宙を舞う。
ひときわ力強く杖が光る。
は花びらの向こうに見える影を抱きすくめた。
今まで逢えなかった分も含めて、強く強くかき抱いた。
「あ、れ・・・・・・?」
間の抜けた、けれども懐かしい可憐な声が腕の中で漏れた。
あまりに唐突過ぎて頭が追いついていないのだろう。
当たり前だ。何の前触れもなく、本当の肉体を与えられたのだ。
呪文で作られた仮初めのものでも、誰かのお古(死体)でもない。
正真正銘、遥か昔に置き捨ててきた本人の体なのだ。
「・・・・・・っ!! 良かった、会いたかった・・・・・・っ!!」
「えええええ・・・? ・・・? わ、私も、ずっと会いたかったよ・・・・・・!?
・・・ありがとう、本当に嬉しい・・・っ」
は体を離すと、暖かく柔らかなの手を握り締め瞳を覗き込んだ。
ばちりと2人の目が合う。
「・・・これからは、僕とずっと一緒にいてくれる?」
「私も、ずっとの傍にいたい。いさせて、私の命が尽きるその時まで」
これからは共に人生を歩むことができる。
冒険の日々だけではない、遠い遠い未来も彼とならばどんなことだって乗り越えられる。
は背伸びして愛しい青年の首に腕を回すと、そっと彼の唇に自身のそれを寄せた。
―完―
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