野望は橋で繋がってく
気が付かないうちにぐぐんと出世したものだ、自分も。
はトロデーン王国を動かす錚々たるメンバーの1人に加えられ重要な会議に出席している現実を、未だに信じられない思いでいた。
ほんの数年前までは城の小間使いとしてあちこち駆けずり回っていたというのに、世が乱れると下克上を成し遂げやすいというジンクスは本当だったのか。
小間使いがまさかの近衛隊長。
人生、何は起こるかわかったものではない。
「・・・ということで、本年度も我が国の財政は非常に逼迫しておりまして・・・」
「城の修繕費にインフラ整備、社会保障費なども考えますればとても・・・」
お金が足りないとは、トロデーンも貧乏な国家である。
休みの日はもっぱら、竜の祭壇やらでピクニックを兼ねたモンスターハンター稼業をやっているこちらの方が裕福なのではなかろうか。
のにも何不自由ない生活をさせてあげられるし、銀行には限度額ギリギリまでお金を預けている。
近いうちにまた新しい口座を作るべきかもしれない。
もちろんそんなこと、姫にも王にも言えないが。
「、あなた意外と高給取りでしたよね」
「妻がいる身なんで、の分も稼がないと。家族がいるっていいですよ本当に」
「でも充分なくらいにはもらってますよね。お父様、配偶者控除の枠を縮めましょう」
「何ですかその僕の家計狙い撃ちな政策。埋蔵金、埋蔵金ぐらいあるでしょうドルマゲス略奪はしなかったんですから」
「それが不思議なことに、城の宝物庫の中身がすべて空になっていたのです。は何か知りませんか?」
「さあ、僕にはさっぱり・・・。でもタンス預金くらいは残ってるでしょう」
「それがまた不思議なことに、壷という壷、タンスというタンスの中も空に・・・。ミーティアに至っては、とっておきのガーターベルトまで・・・」
ああこの姫様、埋蔵金を強奪したのもタンスの中を漁ったのもこちらだとわかっている上で言っている。
宝物庫なんて大層な名前はついていても、確かあの中には古びて使い物にならない剣だとかメダルくらいしか入っていなかった気がするが、
それでも一応あそこはトロデーン王国の宝物庫だったのだ。
今更返せと言われても、それらは手元にないのだから困る。
現品の代わりに現金で賠償するとなると、どれだけ取られるかわかったものではない。
王も姫も皆、今回のターゲットは自分なのだ。
「僕の家、結構慎ましい生活してるじゃないですか。これ以上慎ましくすると三食チーズ生活ですよ!」
「天使のチーズを毎食ですか? ミーティアたちは別に、のお家だけを狙っているわけではないんですよ。
ただ、年収15万ゴールド以上の収入がある家庭の配偶者控除を廃止して、所得税率をがつんと上げようかなと思ってるだけなんです」
「トロデーン国内でそれだけ稼いでる人なんて僕とマルチェロさんくらいですよ。マルチェロさんも何か言って下さい」
「金を積んでも買えないものがあることを知らんのか」
駄目だ、一時期は金の亡者じみていたマルチェロは今はもう使い物にならない。
金を積んでも手に入れられなかったものそれすなわちのことかと聞きたくなったが、そう訊いて諾だと言われるとショックなのでやめておく。
本当に、姫たちは自分をどうしたいのだろうか。
このままだと賃金もカットされそうだ。
副収入があると知られると、確実に大幅カットの憂き目に遭う。
「そもそも、トラペッタへの橋を壊したのはお主を兄貴と慕うヤンガスではないか。責任持ってお主が弁償せい」
「は!?」
「あの橋がないことでトロデーン・トラペッタ間での貿易が停滞しやすくなっています。
ポルトリンクからの道が実用的でない今は、橋の修繕を最優先事項にして経済の活性化を図るべきかと」
「また、トラペッタではトロデーンへ行くための交通手段としてキメラの翼の需要が増しています。そのためキメラの翼の供給難が発生、それに伴い価格が高騰しています」
「まさかそれも僕とヤンガスのせいだと?」
「橋が直ればすべては解決ですよ、」
どさくさに紛れて、キメラの翼の価格高騰もこちらのせいにされた。
確かに、橋については非は主にヤンガスにある。
ヤンガスにあるということは、自分にも責任があるということだ。
橋はいったい幾らくらいで直るのだろう。
そもそも、どうやって橋を架けるというのだろう。
建築士でもなんでもないので設計方法がまったくわからない。
吊り橋ではなくて耐久性に優れたリブルアーチ製の石橋がいいですと、ミーティアがここぞとばかりに注文をつけてく。
姫君は幼なじみの財布を何だと思っているのだろう。
どんなに収入があっても、こちとら一般市民である。
インフラ整備は国家事業として大々的に行うべきだ。
「・・・わかりました、橋の修繕費は僕もいくらか負担します。それだけで結構お金浮いたでしょう?」
「どうですかお父様、大臣。まだ何か強請れるものはありますか」
「公然と僕からお金をせびり取るのはやめて下さい」
「むう・・・。ま、橋をリブルアーチ製の豪華でかつ美しいものにすれば良かろう。頼んだぞ」
「わかりました。じゃあちょっと橋造る準備とかあるんで2,3週間出張してきます。
出張費はもういいです。いりませんから、もらわない以上はサザンビークにも二度と行きませんからね!」
出張ついでにも連れ出して、久々の長期旅行と洒落込もう。
は会議室を飛び出すと、マイスイートホームへと駆け込んだ。
ばしばしとメラゾーマの火球が飛び交う中、槍を地面に突き立てジゴスパークを発動する。
あっという間に塵と化し金貨だけを残し消えていった魔物を見送ると、はを顧みた。
家に帰って来るなり旅に出ようと告げられ連れ出され、道中で架橋計画を聞いた時は驚きで開いた口が塞がらなかった。
一介の近衛兵が橋を架ける?
慈善事業でもなんでもなく、予算編成会議でとんとん拍子に決まっていく事案に逆ギレしたから橋を架ける?
意味がまったくわからなかった。
話がとんとん拍子に決まるというのはいいことではないだろうか。
政治や経済といった難しいことはよくわからないは、そういった重要な会議に参加しているをかっこいいと思っていたのだが、頭が良くて呼ばれたのではなかったのか。
は金貨の詰まった袋を取り上げているに、足りそうと尋ねた。
「そもそも、橋って幾らくらいでできるものなの?」
「物にもよるけど、やっぱりいい素材使ってデザインにもこだわればかなりかかるって。あの橋の長さなら300万ゴールドでできるらしいけど」
「300万!? それっての稼ぎ何年分!?」
「まぁそのくらいなら旅してた頃に貯めてたからいいんだけどさ、額だけ考えたらやっぱりおかしいよね」
「おかしいなんてもんじゃないよ! だって元々はあそこ木でできた吊り橋だよね。それを石橋にするって、どうしてそんな・・・!」
「もう、これはとっとと僕にアスカンタ滅ぼせっていう神のお告げとしか思えないよ。このままトロデーンにいたら僕、何やかやと理由つけられて搾取される」
人間よりも長く生きるのだからそれなりにお金を貯めておかないと老後の生活が成り立たないと思いせっせと貯蓄していたのに、
まさか300万ゴールドも取られるとは思わなかった。
300万稼ぐのにどれだけの労力が必要なのか、王たちはわかっているのだろうか。
比喩でもなんでもなく、血の滲むような努力が必要なのだ。
は新たに現れた魔物に向かってギガデインを唱えると、隣でイオナズンを連発しているを見つめた。
を呼んで作業効率を上げなければならないほどに大変だとは、城でのうのうとピアノを弾いているミーティアは思いもしないだろう。
本当によくできた妻である。
全世界に自慢しても恥ずかしくない、世界で一番可愛くて聡明で優しい女性である。
「、橋はどうやって造るの?」
「職人プラス、アポロンとかゴレムスとかいった重量系モンスターに手伝ってもらう。橋はそれでできるんだけど、後はデザインかなあ・・・」
「生身のデザイナーさんに頼んだらお金かかっちゃうし、知り合いの芸術家さん紹介する?」
「そんな人いたんだ。誰なの、僕も一緒に頼みに行くよ」
「リーザス像の近くにいるんじゃないかなあ、ゼシカの遠いご先祖様」
「ねえ、それって幽霊だよね。やめて、あの世の人とほいほい友だちになるのすごく不安」
いい人だから大丈夫だよ、そういう問題じゃないって気付いて。
うふふと笑いながら周囲を紅蓮の炎で包み込むに、は自粛を求めた。
無理難題も押し通してみるものである。
橋の建設現場へ視察にやって来たトロデ王とミーティアは、着々と進むトロデーン一大事業に目を見張った。
やれと下知は下したものの相手は石橋なのだから、悠長にのんびりと行われる工事だとばかり思っていた。
一応国の方で出してみた試算では300万ゴールドかかるとのことだったから、定年までのご恩返しのローン払いでやるとばかり思っていた。
キャッシュでお支払いになりましたとリブルアーチの施工業者から聞かされた時は、本当に驚いた。
一介の近衛兵が貯め込む額ではない。
いくら年収が15万ゴールドを超えているとはいえ、単純計算で20年は働かなければ手に入れることのできない金額を、
たかだか2年プラスアルファの旅で稼いでいたとは思わなかった。
ドルマゲス及びラプソーン討伐の旅の間はそれなりに装備に金をかけていたから支出もあったのだろうが、プラスアルファである探しの旅はよほど苦難を極めたのだろう。
もしかしたら、結婚式とか新婚旅行といった資金にこつこつ貯めていたのかもしれない。
そうだとしたら少し申し訳ないことをしてしまった。
はともかく、に申し訳ない。
「あ、ミーティア姫こんにちは。トロデ王もお元気そうで何よりです」
「こんにちは。・・・生活は苦しくありませんか? 何か不自由があったらいつでも言って下さいね?」
「大丈夫ですよ、こうやって橋の工事してる人のお手伝いするのも楽しいですし。見て下さいこのデザイン、綺麗でしょう?」
「ええ本当に・・・。きっと名のある彫刻家に頼んでくれたのですね」
「はい、リーザスの女神像を作った方にお願いしたんです」
「、その者はとうに亡くなっている七賢人ではなかったか・・・?」
「はい、ですからちょっとおでかけして頼んできました。あんまり向こうの居心地が良かったのでうっかり長居しちゃって、それでに叱られちゃったんですけど」
ほのぼのと話しているが、それはとてつもなく由々しき問題なのではなかろうか。
王とミーティアは改めて美しい彫刻を見つめ、ぞっとした。
が文字通り命を懸けて頼んできた作品だ、これは値段以上の価値がついてしまった。
トロデ橋だなんて、いかにも国で造りましたといったような名前は付けられない。
付けたら最後、アスカンタよりも先に滅ぼされかねない。
「ところでは? は現場監督ではないのですか?」
「はふらっと1人でおでかけしてます。お城を建てるだなんてったら、王様みたいなこと言っちゃって」
が城を建てようが王になろうが別にどうでもいいが、雇われ兵よりも自由業の方がには向いている気がする。
それも義父エルトリオに流れるサザンビークの血筋なのだろうか。
誰かに仕えるよりも従える方が似合うと思う。
だから竜神王も、後継者にを指名したのだろう。
強くてかっこよくて気高いにまた惚れ直しそうだ。
「あと、キメラの翼の流通経路も確保したとか言ってました。政策能力を鍛えてくれるからすごくありがたいって喜んでました」
「そうか・・・。あまり無理はするなとに伝えておいてくれ。帰るぞミーティア」
「はい、お父様。ではまたね、」
「お気を付けてお帰り下さい」
城へと帰って行く王とミーティアを見送り、はまた建設現場へと視線を戻した。
工事を始めてまだ3ヶ月だが、現場の人々の奮起であっという間に完成しつつある。
ちょっと僕が本気出せばこんな橋の1つや2つとは豪語していたが、まさしくその通りだ。
完成したらこの橋の横には記念碑を建てて、トロデーンに尽くした一近衛兵とその妻の歴史を世界中に人に永遠に知らしめるんだ。
造りかけの橋を見つめそう話していたの目がギラギラと輝いていた。
野心に溢れた夫を見慣れていないには、のともすれば悪人じみた表情すら勇ましく見えていた。
本当に、何をやらせても常に魅力を発信し続ける人だ。
この橋ができたことで、の素晴らしさがもっと世界中の人にわかってもらえますように。
は期待を込めて祈ると、前線でせっせと働いている動く石像のアポロンに石材を手渡した。
あとがき
呪いが解けてからのトロデーン王国は、あちこちの修復作業できっと国家財政が火の車だと思います。
トラペッタは間違いなくトロデーン領内でしょうが、何年経っても火災現場は放置プレイですから、よほどお金がないだろうと。
主人公が独立国家を興す日も近いようです。