6番目のチョコ
宿屋の厨房ががやがやとにぎわっている。
中から聞こえてくるのは若い女の子2人の明るい声。
「、そっちは順調?」
「うん、もう完成したよ。あとはみんなにあげるだけ。」
可愛らしいエプロンを身につけたが答える。
手にはきれいにラッピングされた包みが6つ乗っている。
ゼシカは数を数えて首を傾げた。1つ多い気がするのは気のせいだろうか。
「ねぇ・・・、1つ多くない?」
「え!? だってとククールとヤンガスと王様とゼシカでしょ。」
「あと1つ。6つあるでしょ。
・・・私にも言えないような人がいたわけ?」
ゼシカがからかい半分で言うと、なんとの顔が紅く染まった。
驚いたのはゼシカの方だ。
まさかにそんな人がいるなんて、とショックも受けた。
相手は誰だろうか。自分も知っている人だろうか。
ゼシカはに質問を続けた。
「ねえ誰? 私も知ってる人? かっこいい?」
「ゼシカも知ってる人だよ。私はいい人だと思うんだけどな・・・。
あ、達来ちゃった!!」
の答えを聞いてさらにショックを受けた。
見たことのある人と言われても、そんな事全然気付かなかっただなんて、私もちょっと戦闘バカになってきた証拠かも、とゼシカは青くなった。
が駆けて行った先には達がいる。
笑顔で手渡すに笑顔で受け取る男達。泣いて喜んでいるのはヤンガスだ。
「、これみんな中身一緒?」
が同じようにラッピングされた包みを指差してに尋ねる。
「うん。その中のはみんな一緒だよ。
あ、もお酒入りがよかったかな。」
「待て。渡すのは俺達3人とゼシカ、それからトロデ王じゃないのか?
他にも渡すのか?」
の笑顔が固まる。
妙な沈黙が流れた後には、ゼシカもみんなにチョコあげるって、と言って話を逸らした。
話をかわされたククールとしては面白くない。
ただわかった事もあった。は他に誰か渡す人がいるのだ。
彼、もしくは彼女だけ達とは違うのだ。
は複雑な気分でチョコを口に含んだ。
甘さも先程のの意味深な発言のためか、ちょっぴり苦く感じてしまう。
初めて味会う失恋の味かもしれなかった。
「、美味しい?」
「え? ああうん、もちろん。
が作ったのはなんでも美味しいよ。」
「あはは、ありがとう!!」
「・・・で、その手に隠してるチョコは誰にあげるの?」
また不自然すぎる沈黙が流れた。
いい加減空気も重たくなってくる。
しかしにとしては、このままの行動を指をくわえて見ていく訳にもいかない。
人と場合によっては、そのチョコを没収しなければならなかった。
「ん~・・・。そんなが心配してるような人じゃないよ。
お世話になった人へってことだから!!」
そう言い残すとはパタパタと部屋へと戻って行った。
その日、それからは部屋から1歩も出なかった、はずがなかった。
はこの時を見計らっていた。
みんなが寝静まった頃に、こっそりと抜け出すタイミングを。
音を立てずに部屋のドアを開け、声も息も足音も忍ばせて、誰ともすれ違わないように外に出る。
冷気が少し肌寒く感じるが、そんなに長く外にいようとは思っていないので気にしない。
ふっと気を抜くと目を閉じた。
小さな声で、いや、口に出さずに頭の中に呪文のイメージを描き出す。
この日のために体得したと言っても過言ではない、この神業にも等しい呪文の発動方法に、は全幅の信頼を置いていた。
(空を飛べ、光の行く先は―――マイエラ修道院!!)
の身体が光に包まれた。
ルーラの発動だ。あっという間に彼女の姿はそこから消えた。
誰かが外のベランダにいたような気がした。
こんな夜更けにあんな場所にいるのは、盗賊ぐらいしか思いつかない。
剣に手をかけ、窓へと忍び寄る。
人影がちらりと見えたところで窓を大きく開け放ち、剣を相手に突きつけた。
「きゃあっ!!」
若い女性の声。ついであのー、と控えめに言う。
聞き覚えのある、というか懐かしい声音だった。
忘れもしない、それは少し前、自分が面倒を見てやっていた、身元不明の少女のそれだった。
「・・・か?」
「はい。わ、お久し振りです、マルチェロさん。」
剣を鞘に収めると、マルチェロは月明かりに照らされぼんやりと浮かび上がっているの名を呼んだ。
はい、と答えるとは微かに笑った。
そして袋をごそごそと探ると、大きくはない1つの包みを差し出した。
どんなものかも知らずに素直に受け取るマルチェロ。
まさか彼女のこの包みの中にも金が入っているのだろうかと一瞬考え、すぐに自分のそんな浅ましい思いを知って自嘲した。
暗がりからの声が聞こえてくる。
「マルチェロさんはもちろんご存知でしょうから多くは語りません。
それ、お世話になった人にも贈るっていう習慣もあったみたいでしたから、マルチェロさんにあげます。
中身は普通のチョコですよ? あ、でもお酒を少し入れてみました。
マルチェロさん、顔からして甘いの苦手そうですし。」
確かに今日が何の日か知ってはいた。
去年までは、ククールが近場の女性からこれをどっさりともらっていた。
自分には縁のない話だと思っていたが、まさか彼女から手渡されるとは思ってもみなかった。
彼女が自分の存在を忘れていなかった事に、なによりも感動した。
「・・・生憎だが、私はこういうものは食べない。
持ち帰ってくれないか?」
「嫌ですよ。嫌いだったら捨てちゃって下さい。部下の方々に差し上げても結構です。
でも捨てたら、神様がお嘆きになるかも。」
自分が作ったにもかかわらず、淡々と答えるにマルチェロは苦笑した。
チョコなど滅多に食べるものではないが、捨てるほど憎むものでもない。
マルチェロが包みを机の上に置くためにに背を向けると、彼女の帰ります、と言う声が聞こえた。
「もう行くのか?」
「はい。私実は無断外出したんですよね。
ばれちゃう前に帰っとかないと。」
部屋まで戻るの大変なんですよ、と言うにマルチェロもまた、人が来る前にこの子を帰さなければいけないと思った。
誰かに見つかったら面倒な事になりかねない。
いつでも来いと自分が言っておきながら、この場所はにとっては決して安息の地ではないことは明白だった。
「元気でやっているようで安心した。」
「はい。私もマルチェロさんがそんなに変わってなくてほっとしました。」
会話が途切れた。
空白を繕うかのようにはぺこりと頭を下げると、ベランダの中央に立った。
の身体が光に包まれ、いざ消えるという時、光の中から声が聞こえた。
「ククールも元気・・・。」
それは、がマルチェロに伝えた精一杯の近況報告だった。
翌日、4人よりも少し送れた外へ出てきたにが声をかけた。
「、昨日の夜はどこ行ってたのかな? ルーラ使ってたよね。
チョコはちゃんと渡せた?」
「、見てたの!?」
驚きのあまり大声を上げたをヤンガス達がぎょっとして振り返る。
恥ずかしくなったはを林の中に連れ込むと必死になって頼み込んだ。
「お願いっ、みんなには内緒にしてっ。」
「僕が知りたいのは昨日どこに行って、誰にチョコを渡したかってこと。」
も1歩も引き下がらない。
まんまとにルーラの発動を許してしまった以上、かくなる上はその相手に一言言っておかなければ彼の気が済まないのである。
が、どうしても昨日の事を話せないは思い切った行動に出た。
の両肩にそれぞれ手を置くと、自分よりも少し高い位置にあるの頬に口付けた。
「!?!?」
「私があげた人は本当にお世話になった人なの。
一番好きなのは、その・・・。」
顔を真っ赤にしてどもりながら話そうとするを見ては苦笑した。
さっきの不意打ちのキスには驚いたけれども、かなり嬉しかった。
真っ赤になっているも無茶苦茶に可愛い。
はにやりと笑うとの両肩に手を置き、少しかがみ込んで彼女の口に自分のそれを合わせた。
すぐに離れると、悪戯っぽく笑っての腕を引っ張った。
「もういいよ。僕はこれで充分。
行こう、みんな待ってるよ。」
「・・・!!」
余裕の笑顔で連れて行くを見て、来年からはこんな誤解を招きやすいチョコの渡し方はやめようと決心しただった。
あとがき
マルチェロ夢なのか、主人公夢なのか。私はマルチェロ中心に書いたつもりですが。
滅多に書かないせいか、マルチェロ夢を書くと新鮮味がアップするような気がします・・・?
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