姫で娘で天使様
マルチェロさんって、奥様とかいらっしゃらないんですか?
尋ねた本人からすれば何気ないものであろう質問に、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しかけ咽る。
平静を装おうとするが、液体が喉のおかしなところに入り込んだのか咳が止まらない。
大丈夫ですかマルチェロさんと慌てて背中をさすってくれるのは嬉しいが、そうなる前に発言に気を付けてほしかった。
マルチェロは深呼吸をすると、ことんと首を傾げこちらを見つめているに躊躇うことなく馬鹿かと言い放った。
「私とて神に仕える者の端くれ、聖職者だ。聖職者は妻を娶れない」
「あ、そういえばそうでした。すみません、私ったらうっかりしてました」
「・・・お前の目には修道院と、この指輪が見えていないのか」
「わっ、すごく綺麗な指輪ですね! この指輪がもしかして結婚指輪なんですか?」
「、私は同じことを二度も言うほど暇ではない」
教えた呪文はすぐに覚え自分のものとする賢い娘なのに、はどこか世間知らずだ。
この世の常識を何も知らない赤ん坊のようで、街に出る時は何か起こすのではないかと心配でたまらない。
師匠として、呪文だけでなく人前に出しても恥ずかしい思いはさせない程度の世渡りの仕方も教えているつもりではある。
教えていてこの有り様だ。
マルチェロは眉間に人差し指を当てため息をついた。
「マルチェロさんとってもお優しい方ですもん。修道院にお祈りに来る女の人たちの中には、マルチェロさん目当ての方とかもいらっしゃるかもしれないですね」
「私をそのように言うのはだけだがな」
「え、じゃあマルチェロさん本当は怖いんですか?」
「よくそう言われる」
信じられませんと言い募るに、おだてるなと窘める。
聖堂騎士団長マルチェロは公私に渡り厳格な、鋭利に研ぎ澄まされた刃のような男。
気が付けばそう言われ続けてきたマルチェロにとっては、の評価こそが意外だった。
は、ここに足繁く通っている自身しか知らない。
呪文を教えている時は厳しく接しているはずだが、それらも含めは優しいと言う。
優しいのはこちらではなくだ。
は、どんなに厳しく接しても腐ることなく健気についてくる。
温和なように見えて、決してへこたれない強い精神力を持った逞しい子だ。
だから鍛えがいがあるし、また彼女と会って話がしたいとも思う。
愚弟の愚行に怒り心頭な時も、の元に通えばいつの間にか気持ちが穏やかになっている。
妻を娶ることはできないが、もしもこれから先自身の公績が認められて養子を迎えることができる日が来たならば、に家族にならないかと持ちかけてみようと思う。
養子にするにはややの歳がいっているように思うが、幸か不幸かこちらは老け顔なので服装に気を遣えば父娘に見えなくもないだろう。
娘にすれば、をもっといい環境で育てることができる。
いい学校に入れることもできるし、そうすればの世間知らずも少しは改善されるはずだ。
きちんと成長したはやがて一人前の大人の女性となり、そして、彼女は愛する人を見つける日が来る。
・・・なぜだろう、今、ものすごくいらっとした。
マルチェロは暢気に自身が持ち込んできた本を読み漁っているの名を呼んだ。
「どうしましたか、マルチェロさん」
「、今、愛する男はいるか?」
「マルチェロさんのことですか?」
「違う、そうではなくて添い遂げたいと思う男のことだ」
「ふふ、ここからほとんど出ない私がマルチェロさん以外の人といつ知り合うんですか」
「そうだったな・・・。いいか、将来お前に好いた男ができた時は一度私にそいつを紹介しろ。私がに相応しいかどうか見定めてやろう」
「はい、わかりました。あっ、でもいきなりメラゾーマとかしたら駄目ですからね」
マルチェロさんは本当に優しい方ですねえ。
どこの発言をもって優しいと断じたのかまるで見当のつかないの言葉に、マルチェロは柔らかな笑みを浮かべた。
あとがき
恋愛感情ではなくて、娘や身内を見守るようなそんな優しい目で見ていてほしいです。
残されたたった1人の身内があれである以上、マルチェロさんは『普通の家族』にものすごく憧れを抱いていそうです。
しかし、このマルチェロさんの前に突き出された男は皆処分対象になるであろう。