幸せマイホーム計画







 その日やって来た年若い夫婦は、一族の王たる自分を差し置いてどでかい紙に見入っていた。
王を蔑ろにするなと怒っているわけでも、はたまた竜の試練を受けないからといって拗ねているわけでもない。
ただ、彼らが何のためにここに来たのかわからなかったのだ。
戦いに来たわけでもなく、世間話をしに来たわけでもなく、きゃっきゃと紙と周囲を見比べているだけの彼らを竜神王は複雑な気持ちで見つめていた。
なんというか、ちょっと外界との接触を絶っている間に時代は変わったものである。
いくら人間の血が半分流れているとはいえ、ただの紙切れを眺めるだけでこうも笑顔になれるとは。
若者・・・とは言ってもそれは見た目だけで実は人間でいえば結構な歳になってしまうのだが―――、
彼らの考えはわからないと竜神王は白旗をあっさりと上げた。





「・・・お前たち、先程から何をしているのだ」


「あっ、竜神王様こんにちは! お邪魔してます」


「そうそう、ちょっと聞きたいことあるし王も関わってくる話なんでいいですか? あぁ、今日は戦いに来たんじゃないんです、一応」





 場合によっては実力行使も辞さないんですけどねと笑顔で竜神王の剣をちらつかせるに、竜神王は今度こそ訳がわからなくなった。
一体何の用があるというのだ。
この青年が持ってくる話はいつだって厄介極まりない。
厄介でも戦いの末に叶えてやらなければならないので、なおさら骨が折れる。
そろそろ引退すべきなのかもしれない。






「僕たち、引っ越そうと思ってるんです」


「人間界の城に家があるのではなかったのか?」


「そうなんですけど、ほら、僕たちって歳取っても見た目変わらないでしょ? それって事情を知らない人たちから見たら変だし」


「三角谷にしようかとも迷ったんですけど、おじいちゃんのことも考えると竜神族の里の方がいいかなって思ったんです」






 里に越してくるのは歓迎する。
一族ではない者も含まれるが、そんなことは誰も気にしないだろう。
むしろ気にして悪口でも叩こうものならば、旦那から正義の雷を落とされかねない。
世界を動かずにして知ることができる竜神工は、定期的にトロデーン上で人工的に生み出されていた落雷の存在を知っていた。
あの雷を里に落とすようなことがあってはならない。
戦いに秀でた一族とはいえど、1人で自分を倒すような力量の男には束になっても敵うまい。
触らぬ雷に感電なしである。





「里に来るのは構わぬ。しかし・・・、なぜここなのだ。里に住めば良かろう、グルーノの家もあろうに」


「でも竜神王この間言ってたじゃないですか、私の後を継げって。後を継ぐんだったらやっぱりこの祭壇に慣れとかないと」

「祭壇は祭壇であり、恒常的に住まう場所ではない! ここに家が建つのを想像してみるがいい。不自然にも程がある」


「えー、でも新居がいいです。里に新しい土地ないし、ここ以外は魔物出るからここしかないです!」





 ちょっと見て下さいよと言っては紙を竜神王に突きつけた。
大きな長方形が描かれ、その中はいくつかの線によって区切られている。
屋根はこげ茶、壁はどうとかと事細かに記されているそれは、紛れもなく家の設計図だった。





「基本的に里の建物とそう変えないつもりですから、景観を損ねるようなことは起こりません。
 それから、自分の家までわざわざあの道通って来るのも面倒なんで、ここにルーラできるようににやってもらいます」





 こうしたらいつだって試練を受けられるでしょと屈託なく笑うに、竜神王は今度こそ頭を抱えた。
駄目だこの男、誰か早く何とかしてほしい。
隣で私頑張るねと意気込んでいるよ、一刻も早くこの男の異常さに気付くのだ。
本当に、後を継げだなんて迂闊なことを言ってしまった当時の自分に腹が立ってくる。
人の世界の甘さも弱さも汚さもすべて見てきた彼だ。
生まれてこの方里を出ず、純粋培養されてきた竜神族ではないのだ。






「・・・グルーノは何と言っている。やはり実家の方が落ち着くのではないのか?」


「それが・・・。おじいちゃんは若い者同士仲良くしろと言って、一緒に住んでくれないんです。私、いいお嫁さんじゃないんでしょうか・・・?」

「そんなわけないよ! は初めて会った時からずーっと、僕の素敵なお嫁さんになる素質持ってたよ!
 トーポ・・・じゃない、おじいちゃんはきっと僕たちに気を遣ってくれてるんだよ!」


「そうかな・・・。だったらいいんだけど・・・」





 
 グルーノがこの破天荒な孫夫婦と同居するはずがないと、竜神王は初めからなんとなくわかっていた。
一族を統べる長と同じ空間に住もうと思わないのが当然なのだ。
ましてやここは、どうしても忘れられがちだが竜の祭壇だ。
ここに来るまでには強力な魔物と戦わなければならず、老体であるグルーノにとってここは、ちっとも安息の地ではなかった。
最近はグルーノは、ネズミの姿になってここに来ていない。
・・・疲れているのだろうか、それとも孫夫婦の蜜月っぷりに当てられたのだろうか。
竜神王は、ウィニアが地上に出かけてから何かと気苦労が絶えないグルーノを慮った。
の暴走を止められない自分を許してほしい。







「どうですか王、何なら試練の褒美として土地を割譲してもらってもいいですけど」


「・・・もとよりそのつもりで来たのだろう」


「あれ、いつから気付いてたんですか? さすがは王だなぁ、トロデ王といい竜神王といい、僕はいい王様に恵まれたね」





 今日はもいるから僕は攻撃ひたすらしますからねと宣言する夫に、頑張ってはエールを送る。
送りながらも自らも素早く臨戦態勢に入った。
1人でも竜神王を倒せるだが、あえて自分を戦いに参加させてくれるのはなぜだろうか。
がいない間にこっそり祭壇への道でメラゾーマを乱射しているのがばれたのだろうか。
それとも、やっぱり1人じゃ寂しいから?
何にしても、今日の戦いがいつものスキルの種強奪戦と違うことはわかっている。
ここ何百年、もしかしたらそれ以上の年月に渡って必要となってくるマイホームを建てる土地を獲得しなければならなかった。
負けられない戦いとは、こういうことを言うのだろう。
今日は私もどんどん呪文ぶつけちゃおう。
里の長というか、一族の王に対する敬意などこれっぽちも持ち合わせていない2人には、竜神王もさすがにキレた。
顔にこそ出さないが、今日こそ勝って愛する男の醜態を見せつけてやる。
第一、こんな所に家ができたら自分の居場所がなくなるではないか。
根無し草は嫌だ、私の唯一のテリトリーを奪うな若造が!
の放った雷刃との火球、そして竜へと姿を変えた竜神王の輝くばかりに冷たい息がぶつかった。








































 竜神王は、ゆったりと椅子に腰掛けて次期竜神王(仮)夫妻を眺めていた。
新しいチーズ錬金釜で出来たよと嬉しげに声を上げると、じゃあそれ里のおじいちゃんに届けてくるよと剣を引っさげて家を出て行く
戦いに結局負けて土地を明け渡すことになった時は、ショックのあまり寿命が200年ほど縮んだ。
しかし、いざ家が完成してここが王の部屋ですと案内され、300年更に長生きできる気がした。
一緒に住むつもりだったならば、最初からそう言ってくれれば良かったのだ。
教えてくれていれば、部屋の装飾を自分好みにすべくあれこれと注文をつけられたというのに。
今まで散々物を強請ってきてまで生き返らせてくれたのに、僕らが何もしないのは割に合わないですしと言ってくれた時の
の照れたような顔は、絶対に忘れないだろう。
あれは将来いい王になれる。
それに、こういう生活もいいではないか。
竜神王は、己が上手い具合に懐柔され早期の引退を迫られていることに気付くことなく、一足早い隠居生活に満足するのだった。








あとがき

だから私は竜神王をどうしたいんだ、と。
ごめんねどころじゃ済まないくらいに不憫な人?竜?になってる気がします。
愛情ってさ、行き過ぎるとこんな風に裏返っちゃうんだね!





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