召されや病気
その夜、ふらふらとよろめきながら帰宅したに、は思わず悲鳴を上げた。
これは一体どうしたことだろうか。
健康そのものどころかありとあらゆる呪いだって弾き返し、風邪なんて滅多に引かない彼が発熱。
最近の冷え込みからか少し鼻を啜ってはいたが、それでも一応防寒対策はきちんとしていたはずだった。
したはずだったのに、この有り様である。
顔を見た途端にふらふらばたりと倒れ伏した彼を、必死にベッドまで運び横たえる。
外傷ならばともかく、風邪や腹痛といった疾患に回復呪文は役に立たないので、薬草などを煎じてみる。
が、寝ている相手に飲ませられようはずがない。
「大丈夫・・・、な訳ないよね・・・」
とりあえず眠っているを眺め、は悲しげに呟いた。
病気を治す方法など知るはずがないので、夜遅くで申し訳ないけれどもシスターを呼びに行く。
「シスター、の具合は良くなりそうですか・・・?」
「一応薬は飲ませて下さい。・・・ですが、この病の特効薬はトロデーンでは手に入れることができないのです・・・」
「じゃあ、どこに行けば手に入るんですか? 私それもらいに行きます!」
自分にできることがあるのならばなんだってやる。
秘薬だか何だか知らないが、それが火の中にあると言われれば突撃するし、水の中だと言うのならば潜ってみせる。
竜神王を倒したご褒美がの全快だったとしたら、1人で彼に立ち向かってやる。
本気になった女は強いのだ。
それに、一度は消えた身だからその苦痛に比べればそんな苦行だって生易しいと言える。
「いけません! さんが行くとなれば、この方が黙ってはいません!」
「でも、行かなくちゃが全快しないんですよね!? だったらやっぱり何が何でも行かなくちゃいけないんです!」
「目覚めたときあなたがいないと知れば、近衛隊長が心配されます!」
「でも・・・!」
わあわあと押し問答をしていると、えいとがうーんと唸り声を上げた。
病人の枕元で騒いでいたことに気付くとシスター。
2人は顔を見合わせると、今度は小声で話し始めた。
「お願いです、行かせて下さい」
「・・・・・・わかりました、そこまで仰るのならばお願いします。・・・けれども、1人で行ってはなりません」
「ありがとうございます! えっと、じゃあ場所を教えて下さい。私明日すぐにルーラで行っちゃいますから」
「落ち着いて下さいさん。明日、あなたは兵士長と一緒にオークニスに行って下さい。
その町の医師に尋ねれば、お薬をいただけるはずです」
グラッドさんのことだ、とはすぐに思い当たった。
昔自分も行き倒れていたところを助けてもらったことがある。
なるほど、彼ならばの病気を一発で治す薬を調合してくれそうだ。
「兵士長には私から頼んでおきましょう。ですからさん、あなたは今日はもうお休みなさい」
「いろいろありがとうございます、シスター」
シスターを帰した後、は再びの隣に座った。
明日、下手な時間に目覚めてパニックに陥らないようにラリホーマでもかけておくべきだろうか。
いない間の看病は誰に任せようか。
ヤンガスはとてもじゃないが看病なんて苦手だろうし、第一枕元で兄貴が兄貴がと延々泣いていそうだ。
ゼシカに頼めばひと安心だが、が暴走した時にルーラで追いかけることができない。
それに今度はゼシカに病気が移ってしまったら大変だ。
「ククールに頼もっかな。暇そうだしいいよね」
ククールならば、仮にの八つ当たりを受けても自分で回復できる。
一応僧侶としても経験も積んでいるし、看病なども得意分野に入るだろう。
それに男同士だから、も気兼ねなくあれこれと頼めるはずだ。
「私がいない間、ククールがちゃんと看病してくれるからね」
の言葉に反応したのかただの寝顔なのか、の顔が嫌そうに歪んだ。
翌日、は雪原でひたすらマルチェロの説教を受けていた。
オークニスを訪ねたもののグラッドはおらず、彼が向かったという薬草園の洞窟へと急いでいたのだった。
「すみませんマルチェロさん。なんだか予想以上に付き合わせてしまって」
「この寒さだ。そのグラッドとかいう医師は、中で野垂れ死んでいるかもしれないな」
「笑えない冗談やめてください!」
よっぽど苛々しているのか、視界に入る全ての魔物を一刀両断にしていくマルチェロ。
これまで幾度となく戦ってきたが、これほどに手持ち無沙汰な冒険はなかったかもしれない。
「大体、奴に看病が務まると思っているのが間違いだ!」
「そんなことないです、ククールはやる時はやる人です。もう少し評価してあげて下さい、マルチェロさん」
相変わらずこの兄弟の仲はよろしくない。
そろそろ仲直りしてもいい頃だと思っているが、本人たちにその気は全くないようである。
ククールもマルチェロもどちらも大切な人だと思っているにとっては、頭が痛い話である。
「あそこに転がっている男がグラッドか?」
「あ、そうですね彼がグラッドさんです。・・・生きてる・・・よね?」
「起こせばいいだろう」
グラッドに向かって、マルチェロの指先から巨大な火球が放たれた。
いくらここが氷と雪に閉ざされて寒かろうと、殺人的なメラゾーマを受けては暖まる前に焼死してしまう。
「もう少し火加減してください、マルチェロさん!」
「お前を試しただけだ」
は慌てて火球に向かって氷柱を飛ばした。
そこらじゅうに氷柱があるというのに、なぜ魔力で新しく生み出さねばならないのか。
は空しくなりながらもグラッドの元へと駆け寄った。
大丈夫ですかと声をかけベホイミを唱えると、うっすらと目を開ける。
「おおこれはさん、お久し振りです」
「こんにちはグラッドさん。あの、回復したすぐ後で申し訳ないんですが、オークニスに帰ったら薬を調合してもらえますか?」
「どなたかお具合が悪いのですか?」
「それがが・・・」
の話を聞いたグラッドは、不安そうな表情を浮かべている彼女に優しく笑いかけた。
幸いにして、その薬に必要なものは全て揃っている。
自宅に帰ればすぐに渡すことができる。
そう答えると、の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございますグラッドさん! 今度改めてとお礼しに来ますね!」
「病人を救うのが医師の務めですから」
「話は終わったか? すぐに帰るぞ、ここは長居する場所ではない」
用事は終わったとばかりにグラッドとをオークニスに送還したマルチェロは、薬ができると同時にトロデーン城へ舞い戻らせたのだった。
ほわほわと暖かい空気。
何かを煮込む鍋の音。
なんて居心地がいい空間なんだと思い、はうっとりとした。
きっとすぐ近くには心配そうな顔をしたがいるはずだ。
目が合ったらこう言おう。
具合がすごく悪いから、今日は甘えさせてって。
熱のおかげで少しネジが緩んだ頭では妄想した。
人が部屋に入ってきて、近くに来たのを感じて目を開ける。
眩しくて顔がはっきりとは見えないが、これはに決まっている。
むしろ、以外の人がこのマイスイートホームに足を踏み込むもんか。
「お、起き「具合悪いんだ・・・、だからいっぱい甘えさせて・・・・・・って、え?」
きょとんとした水色の瞳とぶつかった。
あれ、この目の色はのものじゃない。
彼女はもっと、吸い込まれそうなくらいに綺麗な黒だったはずだ。
ではこれは一体誰の瞳だろうか。
はそれが誰なのか思い当たると嫌な予感がした。
さっき、自分はこれに向かって何と言っただろうか。
沸騰していた頭が急に冷めきった。
「ク、ククール・・・・・・?」
「お前さ・・・・・・、いっつもんなことに言ってるわけ?
それとも俺に甘えたいってこと? 悪い、俺男には興味ねぇ」
どうしてここにククールがいるのだろうか。
はどこに行った。
はほれと言って差し出された不味い薬を嚥下しながら考えた。
自称重病人を放り、看病をあろうことかククールなんかに任せてどうしたのだろう。
ククールに視線を向けると、彼はならいないぞと口を開いた。
「いないってどういうこと・・・!? 僕、病人なんだけど・・・・・・」
「優しい優しいは、お前の病気治す特効薬もらいにオークニスのグラッドんとこ行ったぞ。
・・・にしては遅いけど」
「オークニスって、1人で行ったの!? あそこ危ないじゃん、雪崩とか雪崩とか、経験者だよ!?
なんでククール、一緒に行かないわけ!?」
自分が病人だということをすっかり忘れ果てて大声を上げたせいか、は大きく咳き込んだ。
落ち着けよとククールはの背をさすり水を手渡しながら、は1人じゃないと続けた。
「兵士長殿と一緒に出かけたから平気だろ。あいつ、の敵に対しては滅茶苦茶に強いっていうか、容赦ないし」
「なんでマルチェロさんと行くの、さ・・・・・・。それで帰りが遅いって尚更不安だよ・・・」
の心の中は、不安でいっぱいになった。
彼女は無事なのだろうか。
まずないだろうが、嫌味や皮肉を言われてはいないだろうか。
いつになったら帰って来るのだろうか。
わざわざ本人が行かなくても、ククールが薬をもらいに行って良かったのに。
というか、なぜククールを看病役に抜擢したのだろうか。
の真意がわからない。
「・・・僕、ちょっとオークニスに行ってくる」
「は? お前馬鹿だろ、無茶するなって」
「ククールに言われたくないよ。だって、はマルチェロさんと一緒なんだよ?
それっていろいろ不安じゃないか」
「考えすぎだって」
あくまでも行く手を阻もうとするククールに、は舌打ちした。
そうだ、邪魔する者は気絶させとけばいいんだ。
は剣を引き寄せると、精神を集中し始めた。
大丈夫、ククールだって死闘を生き抜いてきた男だ。
まだちょっと、いやかなりふらふらして技の加減とかできないけど、彼ならばきっと耐えてくれる。
そういう戦いを今までしてきたんだ、僕らは。
は奇妙な自信をつけるとククールを見つめた。
ククールにしてみれば、予期せぬ襲来である。
逃げるとか返り討ちにするとか、そんな幸せな選択肢はなかった。
あるのはただ1つ、まともにの八つ当たりを喰らうのみだ。
そしてククールは知ってしまった。
ヤンガスでもなくゼシカでもなく自分を看病役にしたのは、頼もしいからとかそういった理由もあるだろうが、一番の理由はこれだろう。
ククールならば、傷ついても何とかしてくれるはず。
ククールは己の才能を、そして女性に優しくする心意気を嘆いた。
しかし嘆いたところでもう遅いのだ。
「悪く思わないでねククール・・・」
「いや待て、早まるな・・・!」
「ただいま、ククールっ!」
「「!?」」
ばたーんと扉が開き、の声が響いた。
今にもギガスラッシュを放とうとしていたは、慌てて剣をベッドの下に突っ込み自らもベッドにダイブした。
ククールも、背中やら額やらを伝う冷や汗を拭いの元へと急ぐ。
同行していたはずのマルチェロの姿がないが、彼はとっとと帰ったのだろう。
「あぁ・・・、ほんと助かったよ」
「え、そんなにの具合悪くなってたの!?」
「うんまぁ・・・。(俺の)生命の危機だった」
「大変! 早くこれ飲んでもらわなくっちゃ!」
はグラッドお手製の薬を取り出すと、ベッドに伏せっているに飲ませた。
少し離れた所から見ていると和やかで幸せそうだ。
ほんの数分前まで元気にギガスラッシュをやらかそうとしていた男には、とても見えない。
「、僕のためにわざわざありがとう。ククールも看病?ありがとね、助かったよ。」
「そんな、気にしないで。私はがまた元気になってくれればそれでいいの」
「次は俺以外の奴に看病頼んでくれ、」
「うん?」
の看病なんて、頼まれたってもう二度とやるもんか。
ククールは失くしかけた命を大切にすることを誓った。
「・・・あ、そういえばククールに移したかも」
「大丈夫、多めに薬もらったから、お礼ってさっきククールにも渡したの」
「準備いいね」
後日、見事に病気を移されたククールだったが、彼の元に看病しに来る者は1人としていなかった。
病を患ったとも、たちは知らなかったのかもしれない。
あとがき
フィーバーマルチェロさん、というか私が書くお城が舞台の夢はほとんど彼が登場します。
ただ、あくまで旦那様だか彼氏さんだかは主人公です。
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