終わりの始まり 3
の竜の鱗すら切り裂く太刀筋が、竜の姿をした竜神王の分厚い皮膚を切りつける。
ゼシカが足元を凍らせ動きを止めたところを、狙い過たずヤンガスの斧が襲う。
ひたすらスクルトと賢者の石を振り回しているククールは、傍から見るとやたらと手を振る不審者だ。
(やけに手応えないけど・・・、こんな人がを助けるだけの力を持ってるのかな・・・?)
さすがに心臓を貫くことは寸止めでやめたものの、意外なまでの竜神王の弱さには小首を傾げた。
どしんと地響きを立てて地に倒れ伏した王を不安に思い見守る。
倒れた体から白い光が溢れる。
「・・・私は」
光の向こうから低くよく通った声が聞こえた。
くすんだ金髪のやたらと美形で、だが耳の尖った男性が立ち竦んでいる。
先程の馬鹿でかい竜とはとても思えない、繊細な容姿に見惚れてしまうくらいだ。
「・・・そなたは」
「と言います。あなたが竜神王の本来の姿なんですね」
「そうだ。・・・どうやら私は長い間我を失っていたらしい。そなたたちが力ずくで叩き直してくれたようだな」
棘のある物言いと柔らかな物腰には思わず身構えた。
こういう優男が、実はもっとも厄介なのだ。
腹を探らせないというか、その無表情の裏で何を考えているかわかったもんじゃない。
「・・・あの王、と同じ属性か? 笑顔で腹の底何考えてるかわかんねぇっていうクチか・・・?」
「馬鹿、聞こえたらどうするのよっ。の今後がかかってんのよ!?」
「その後ろの者たちが人間か?」
竜神王はひたりとゼシカたちを見据えた。
並大抵の人間が来れる場所ではない里に来て、さらに自らの暴走を止めた。
驚く以外の表現はなかった。
彼にとって人間とは、儚き命と魔力を持ち地上に這いつくばる、愚かな種族だったのだ。
彼らは何者だというのか。
地上ではあのラプソーンが遂に消滅したというが、もしや奴を倒したのはこの者たちなのか。
だからあんなに容赦なく殴り斬りつけ凍らせてくれたのか。
信じられなかったが、信じるしかなかった。
そうでなければ話の辻褄が合わないのだ。
それに、このと名乗った青年、明らかに竜神族の血を引いている。
人間の容姿をしてはいるが、内に流るるは確かに同族の血だった。
人間と竜神族の子といえば、思いつくのは1人しかいない。
18年かそこら前に呪いをかけて地上へ彼の祖父と共に落とした赤ん坊だ。
「・・・、そなたは、ウィニアと人間との子か・・・?」
「知りません。僕は両親を知りません、見たこともないです」
「やはりそうか・・・・・・。これも定めなのかもしれぬな。追放した者に里を救われるという」
自嘲するような笑みを浮かべた竜神王に、は果敢にも話しかけた。
願いを叶えてもらうために、そのためにここに来たのだ。
無理と言われれば、また次の方法を探すだけだが。
「叶えてほしい願いがあるんです。あなたならそれができると長老たちから聞きました」
「・・・願いとは」
「魂だけの存在となった子に、もう一度逢わせてほしいんです」
「人間の魂は脆く儚い。すでに砕けておろう」
「人間じゃないんです。天使・・・、白翼族の女の子です。ラプソーンとの戦いで力を使い切って、仮初の肉体がなくなりました」
「・・・・・・今日は去るがいい。またここに来い、1人で」
何か言いかけようとしただったが、急に身体を包み込んだ光を目にして口を噤んだ。
里へ強制送還される直前、竜神王が何か呟いた。
知れ、と聞こえた気がしたが、それが何を意味しているのか、にはさっぱりわからなかった。
里へと戻ってきたたちは、初めとは全く違う熱烈歓迎ぶりに目を剥いた。
さすがにクラッカーや花火は上がらなかったが、老若男女問わず囲まれ、よくやっただのありがとうだの感謝感激の嵐に見舞われる始末だった。
単に互いの利害が一致したがゆえの戦いに過ぎなかったものの、ここまで喜ばれると悪い気はしない。
ついでに人間についての考えも改めくれれば万々歳だ。
ひとしきり賞賛され名誉里の民にもなれそうなくらいももみくちゃにされた後、たちはようやくグルーノの家へと行くことができた。
長く家を空けてきた割にはとても整頓されており、使用人の素晴らしさに感心したりする。
「俺らとそう歳変わんないのに、なかなかやるなあの使用人」
「そうかの? あの男はかれこれ80年は生きとると思うが」
「は、はち・・・っ!? 人間ならおばあちゃんよ!?」
若く瑞々しい肌と実年齢を比較する。
80歳以上で20歳の肉体。
寿命が人間と違うと言われて納得はしたが、では目の前にいる老人は一体いくつなのだろうかと勘繰ってしまう。
「年のことなどいい。・・・、お前も竜神族じゃ」
「いやいや待ってください、僕80歳じゃないです」
「フフフ・・・今からが長いんじゃよ、たぶん」
口で説明するのも面倒じゃからのと言ってごそごそとグルーノは木箱をあさくった。
子どものころによく見た懐かしい木枠が出てくる。
グルーノはこほんと大仰に咳払いをして、むかーし昔と言っても20年ほど昔じゃがと紙芝居の台本を読み始めた。
語られるのはの、というか彼の両親の波乱万丈物語。
実はサザンビーク王家の長男で、王位継承第一位でしたというある意味ショッキングな父の素性。
好奇心の塊だったばかり日常へ遊びに来て、うっかり人間の男(父)と恋に落ちた竜神族の娘。
異文化コミュニケーションを理解しない鎖国的種族に生まれた運命、無理矢理里に帰された母と追いかける父。
しかし父はあと少しで竜神族の里というところで力尽き、母もを産んですぐに死んでしまった・・・。
「父の名はエルトリオ、母の名はウィニア。わしの大事な一人娘じゃな」
「その人・・・、来る途中のお墓に刻まれてたような・・・」
「そうじゃ。お前が足を停めたあの墓に眠るのは両親じゃ」
「お父さんとお母さん・・・・・・」
ではあの時聞こえた不思議な声は、両親のものだったのか。
だから懐かしく感じ、愛情すら抱いたのか。
死してなお、わが子を見守り続けていたのだとしたら。
状況が若干違うとはいえ、愛しい人を求めて旅を続ける自分を応援してくれるのは当たり前だ。
初めて見つけた両親の面影に目頭が熱くなった。
そうか、僕にもちゃんとした両親がいたのだ。
そりゃいないと生物学上存在しないことになるが、愛されて生まれることができたのだ。
それにいまやたった1人の身内である祖父も、ネズミに姿を変えてまで傍にいてくれた。
捜しの旅に思わぬ真実が待ち受けていたものだ。
あの日視た夢はにまつわるお告げではなくて、自分自身の出生の秘密に関してのことだったのだ。
「そなたはあまりにもと言うておるからの。いつ言い出そうか迷っておった」
「そりゃ誰だってがここの里の人だなんて思わねぇって」
「でも兄貴嬉しそうでがす。やっぱり家族が見つかったからですかね」
にこにこと話しかけられ、我がことのように喜んでくれる。
これでのことも竜神王がなんとかしてくれればすべてが丸く収まってハッピーエンドなのだ。
そしたら2人で両親の墓参りにも行ける。
家族3人ひとつ屋根の下で暮らす。
なんて素敵な毎日だろうか。
「竜神王、のことどうするのかしらね」
「さぁ・・・。やっぱり痛めつけすぎたかな。ちょーっと怒ってたよねあの人」
「お前とゼシカが調子乗ってぐさぐさいろいろ刺したからじゃねぇか」
「あーんなに美形だって知ってたら、少しは加減してたわよ私だって」
「じゃあ俺への制裁も、あれも手加減してんのか?」
ナルシストに与える情けなんてないわよ。
ゼシカの一言に沈没したククールだった。
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