恋人達のお手紙




 のどかなのどかな田舎の王国トロデーン。
顔は悪いが気のいい王と、のほほんとした可愛らしい王女を擁すこの国は今日も平和・・・なはずだった。








 「そんなに気になるならもういいよ!! 勝手にどっかに行けばいいだろっ!?」


「なんでそんな事言うの! もうやだ!!
 家出するもん!!」






 どこでもいちゃいちゃカップルにして、トロデーン城に勤める兵士達の憧れの的、があろうことか大喧嘩した。
いつもこれでもかというくらいに仲良くラブラブしているのにもかかわらず。
大声での喧嘩の数分後、愛用の杖と扇とを持ったがものすごい音で家のドアを閉め外へと出てきた。
明らかに怒っている顔である。
城のはずれに作られた2人の愛の巣からどんどん遠ざかり、美しい花々が咲き誇る中庭を突き進み、
城門で敬礼する愛する男の友人達には見向きもせず、ひたすら城の外へと進む。
かと思うとくるりと振り向き、両手を口元に寄せた。






「・・・の、馬鹿ぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」






小さなトロデーン城に天使の声を持つ少女の怒鳴り声が響き渡った。





































 事の発端は1枚の手紙だった。
真っ白な封筒に赤いハートのシール。
中には自分の思いを綴った文章。
いわゆる恋文、ラブレターが宛で届けられたのである。
はこの手紙をに知られる前に極秘裏に処理しようとした。
返事が欲しいと言う相手の意向に沿って、文面に書かれている通りの日時に指定された場所へ行き、然るべき返事をしようとしたのである。
が、その手紙はたまたま予告なしに早めに仕事を切り上げてきたに見つかってしまった。
愛する彼女にこんな手紙が来て何とも思わない男はそういない。
手紙片手にに詰め寄ったが、彼女にしても送り主の名前の書かれていない手紙に心当たりなどあろうはずがない。









「誰かもわかんないのに行くって、それは危険だよ。」


「危険って言っても命賭けるほどじゃないでしょ?
 それにちゃんと返事しとかないと、相手の方にも悪いし・・・。」






魔物相手に日々命を賭けてきた彼女にとって、たかが男1人に対する警戒心はごく少ない。
初めてマルチェロに会った時の悪夢すら遠い昔の話としてすっかり忘れているようだ。(迷える少女1参照)





「あのね、世の中魔物よりも危険な奴ってたくさんいるんだよ?
 ククールだってある意味ものすごく危険なんだよ。」



「ククールは全然危なくないよ。がなに言ってんのかわかんない。」








 は頭を抱えた。
自分がこの子を愛しく思うあまり過保護にしすぎたせいだ。
男性に対しての危機感というものが少ないどころではなく全くないようだ。
たった1人で、の事を好きだと思っている男の所になんて行かせられるはずがない。






「だから危ないんだってば。何度言ったらわかるのさ。
 は僕だけ見てればとりあえずそれでいいんだって。」



「でも返事をするのは礼儀、常識でしょ?
 相手の人がずっと待ってたらどうするのよ。それに何よ、その言い方。」






 この会話の後、冒頭のあの大喧嘩に繋がるのだ。
そして今、は激しく後悔の念に駆られていた。
どうしてあんなに強く言ってしまったんだろう。
もしかしてはもう2度と自分の所に戻って来てくれないんじゃないだろうか。
そういえば待ってるって書いてあった場所どこだっけ。
確かトラペッタの橋の反対側だったような・・・。
・・・あそこって確か、確か有名な自殺スポットじゃなかったっけ。
まったく、最近の若者はすぐに死ぬとか何とか言い出すんだから、それなら魔物がいた時代の方がみんな命を粗末にしないでよかったのに。
は自分の考えがどんどん悪い方向に向かいつつあると知って動揺した。








「まさか・・・、自殺、無理心中?」






大いに考えられる筋だ。
と一緒に天国に行くのなら幸せだと自分だって思う時があるくらいだ。






「・・・無茶苦茶命賭けてるじゃん、。」





 は慌てて外へ出るとそのままルーラを唱えた。
一足遅ければは本当に自分の所に戻って来れなくなる。
疾風のバンダナをつけてくればよかったとは走りながらまた後悔した。



































 そのころは困惑しまくっていた。
いきなり相手に愛していますと言われ、自分の想いを聞き届けてくれないのならここから身を投げるとまで告げられたからである。
恐々と崖の下を見下ろしてみると、そこは岩に波が打ちつけており、落ちたら助かる見込みはあまりなさそうである。
思い詰めた顔をしている相手に向かってはなんとか自殺を踏み止まらせようと説得を試みる。










「ほら、私よりももっと素敵な女性ってたくさんいるのよ?
 だからここで若い命を散らさなくても・・・。」


「僕はあなたに恋をしました。
 この世で無理ならせめてあの世で一緒になってください。」





「えぇ?」







 彼の言葉の意味をきちんと理解する前には崖っぷちへと連れて行かれた。
渾身の力を込めて自分を海へ突き落とそうとする男を、ありったけの力で押し返そうとする
元々非力な彼女にしてはよく保っている方だろう。








、助け・・・「!!」







 たまらずが喧嘩をしたばかりのの名前を呼んだその時だった。
息を切らして駆けてきたが彼女の名を叫んだのは。
彼の声を聞き、は腕に込めていた力を一瞬抜いた。
その一瞬が命取りだった。








「あ。」





の出現に驚いた男は思わずの身体を手放してしまった。
支えを失った彼女の身体は海の方へと崩れる。






っ!!」






 本日何度目かの慌てようでの姿の消えた場所へとすっ飛んだ。
宙を彷徨っているの白くて細い腕を無我夢中で掴む。
隣にいる男はまるで頼りにならない。






「だ、から、危ないって言ったじゃないか。
 ほら、引っ張るよ。」






ぐぐぐっと腕に力を入れを引っ張り上げる。
地面にへたり込んだ彼の胸には飛び込んだ。
服を掴んでカタカタと震えている彼女の背を優しく撫でながら、は呆然としている男に向かって言った。








「確かには世界で一番可愛くて素敵だから好きになるのはわかるけどさ、
 だからってこっから突き落とそうとしないでよ。
 僕と彼女の生活を邪魔したら許さないよ。」






 穏やかな口調だが、その言葉の裏にはよくもを殺しかけたな、
がここにいなかったらお望み通りあの世へ送ってやるよ、という意味が大いに込められている。
の剣幕に恐れをなしたのだろうか、男は一目散に町の方へと逃げ帰って行った。







「・・・、だからむやみに他の男の人といちゃいけないって言っただろ?」


「でも・・・、ごめんなさぁい・・・。」



「もういいよ。それより家出なんかやめてちゃんとトロデーンに戻って来てくれるよね?
 僕もさっきは言いすぎちゃってごめんね。
 がいないと僕、おかしくなっちゃいそうだよ。」




泣きそうにしているの顔を覗き込んで尋ねる
彼女の存在により彼の頭がおかしくなりかけているのはトロデーンの常識である。
は彼の言葉にこくりと頷くと、小さな声で馬鹿って言ってごめんねと謝った。
こうしてトロデーンに再び平和が訪れた。


































 「、お手紙届いてるよ。ラブレターかな、読んでいい?」




 それからしばらくしたある日、は机の上に隠しているかのようにひっそりと置かれている1枚の封筒を見つけた。
白い封筒に赤いハートのシール。
紛れもなく恋文、ラブレターである。





「そ、それはね、勝手に届いて・・・!!」


「やだ、なに慌ててるの? おっかしいったら。
 これ私が出したんだよ。こっちの方が盛り上がるかなって。」





いってらっしゃいと永遠の新妻よろしく手を振られて家の外へと出たは、からのラブレターを開けてみた。






 ”おいしいミルク、人参、じゃがいも、玉ねぎ、コーン、お肉、
  レタス、トマト、きゅうり、普通のチーズ”






色気も何もない、ただのおつかいメモだった。




あとがき

ギャグ甘に挑戦してみたつもり。
ちょっと先の話ですが、いい具合にぼかしているはずです。




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