いとしき人へ







 様々なことがあって、様々なことを引き起こしてから世間に背を向けた。
あれだけ好きだった地位や権力、金からも急に興味が失せた。
世の中には権力や金があっても手に入らないものがあり、それはとてつもなく大切なものであることが多い。
権力に固執すると、本当に大切なものを手にかけようとしたり失ったりしてしまう。
魔物よりも恐ろしい、人が生み出した醜い悪魔。
いつしかマルチェロは、自らが望み欲していたそれらを悪魔と呼ぶようになっていた。
そう思わせてくれたのは、人を大切にしない自信が唯一守ると決めた娘だ。
いけ好かない異母弟とその仲間たちとつるんでいたが、世界に平和が訪れた時彼女はそこにはいなかったという。
旅の途中で不幸があったのか、それとも単に仲違いをして弟たちの元から去ったのか。
傍にいれば不幸に遭わせはしなかったのにと悔やむのは、騎士としてのプライドがまだあったからだと思う。
守り守られ救ってくれたは、誰かに救われることなくいなくなってしまったのか。
彼女がいなくなった世界に、マルチェロが守ってやりたいと思う存在はない。
守るべき者を喪った騎士は、個人の面影に思いを馳せ縛られ続ける生きた亡霊だ。
自身でも驚くほどにの忠実なる騎士でいたマルチェロは、彼女以外の誰かを守ろうという気はなかった。
こういう融通の利かないところが、聖堂騎士団時代から頑固と揶揄されていた所以なのだろう。
マルチェロは机から顔を上げると、窓の外を見下ろし往時と比べればかなり柔らかくなった頬を緩めた。
が死んだと思っていた頃は世界から色が消えたとも思っていたのに、何があったのか彼女がひょっこりと戻って来てからはたちまちのうちに世界がまた明るくなった。
人という生き物はなんとも現金なものである。





「あっ、もうほら魔法で遊んじゃ駄目でしょ。小さな炎だって魔力が強くなれば威力が増して、火傷どころじゃ済まなくなるんだから」


「ぼくも大きくなったら先生みたいに強いまほうつかいになれる?」


「練習したらきっとなれるよ」


「じゃあ、ぼくたくさん練習してさんやマルチェロさんみたいなおっかない兵士になる!」


「うーん、おっかないは泣いちゃうかも・・・」





 マルチェロさんはちょっとだけ怖いけどねと悪戯っぽく笑って見せたは、ふと視線を感じ空を見上げた。
塔の窓から覗く濃紺の髪がちらりと見え、大きく手を振ると髪が消える。
数分後、塔の方角からゆっくりと歩いてきたマルチェロには小さく手を振った。





「呪文を教えていたのか?」


「はい。まだメラくらいしか使えないんですけど、この子たち大きくなったらやマルチェロさんみたいになりたいって」


「ほう?」


もマルチェロさんも、トロデーンの子どもたちのヒーローですから」


「だが、魔力の強さと精度という点でいえばの方が上だろう」


「子どもの憧れは2人なんです」







 そうでしょうと言って子どもたちを顧みると、憧れの存在に間近でお目にかかり瞳をきらきらと輝かせている子供たちが大きく頷く。
はやっぱりと言って淡く笑うと、背伸びして気難しげな表情を浮かべているマルチェロの眉間をつんとつついた。




「憧れのヒーローがなんて顔してるんですか、もう」


「私が子どもに憧れを抱かれるような大層な男だと思うか? 私は一度は魔物に魂を売った男だ。それに、大事な存在を守るどころか手にかけようとさえした」


「いいえ、マルチェロさんは杖に操られていただけなんです。・・・まあ、あの杖私だったんですけど」


?」


「なんでもないです。ふふ、みんなの憧れの存在を師匠にして私も鼻が高いです」


「・・・私も、のような自慢の弟子を持ち傍で守ることができて・・・・・・幸せだ」





 マルチェロさんの幸せに貢献できて私も幸せです。
私はお前の幸せを守ると決めここにいるのだ、王家に仕えているのではない。
満面の笑みとわずかな笑みを交わしあう2人の間に、どこからともなく嫉妬の雷刃が降ってきた。








あとがき

マルチェロさんが世界に留まっているのは、守りたい人がまだいるから。
守りたい人がいなくなった世界なんてどうでもいいけれど、守りたい人がいる以上はうんざりしている世界だって見捨てない。
ヒロインにだけは素直に愛情表現ができる、不器用なマルチェロさんが私は大好きです。





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