恋愛元年1月1日
冷たい風が身体に吹き付ける。
見晴らしの良い丘の上からは、1つ山を越えた先にある、暗雲に覆われたトロデーン城がよく見える。
戻りたい場所のはずなのに、戻る事さえためらわれる闇の気配。
今、あの城にあるのは人々の悲しみと、ドルマゲスの残した忌まわしい呪いだけだ。
突風がを襲った。彼のバンダナが空を舞い、下へと続く道の方へと飛んでいく。
抑えのなくなった髪は、風に吹かれるままに乱されていく。
「、バンダナ飛んできたよ。風強いもんね。」
下からが駆け上がってきた。手には確かにバンダナが。
の隣に並ぶと、もまた丘から見える城を眺めた。
バンダナを握っている手にほんの少しだけ力が込められるのがわかる。
明るさのかけらもない城に、新年の祝い事などが執り行われていようはずがない。
「新しい年が来たのに・・・、まだ、城の呪いは解けないんだ。
力が、足りないから。」
そう言うとは下を向いた。ヤンガスのように破壊力があるわけでもないし、ゼシカのように多くの攻撃呪文を使いこなす事もできない。
かと言ってククールのように、人を癒す事もできなければ、のように力があるわけでもない。
そんなもどかしい彼の思いを知ってか、がゆっくりと両手での右手を包み込んだ。
そしてそっと顔を覗き込むと言った。
「私はがうらやましいな。だってには帰る家があるじゃない。
・・・私にはないもん。ドルマゲスをやっつけたって、お城が元に戻ったって、私には行き先がないのよ?」
修道院に戻ってもいいけど、と寂しく笑う彼女の言葉にはっとした。
もう1度しろを見下ろす。あそこが自分の家なのだ。かけがえのない、たった1つの家なのだ。
「だから、力が足りないなんて言わないで。何かを守りたいって思えば、いくらだって強くなれるんじゃない?
はもう、充分に強いよ。打撃とか、呪文とか関係ない、のここは。」
はそう言って、の左胸に手を当てた。服越しに感じる彼女の手の感触に胸の鼓動が早くなる。
この心臓の音が彼女に聞こえていないだろうか、とは少し心配になった。
彼は微動だにしないを見つめた。は目を瞑っていた。
その姿はまるで、彼の身体から発せられるすべての気を読み取っているようだ。
ふとは口元を緩めた。そして目を開けると、に向かって淡く微笑んだ。
「の心臓、すごくドキドキ言ってる。これは今がここにいるって証拠だよね。
とっても力強くて、でもすごく落ち着くの。」
彼女につられるようにしては微笑んだ。風は2人の髪を凪いでいく。
冷たさも気にせず、むしろ心地良ささえ感じる風の中で、は大きく伸びをした。
それから手の中のバンダナの存在を思い出す。
「、これさっき飛んできたの。」
「ああ、ありがとう。またつけとかないと。、僕にちょうだい?」
は彼女に手を差し出す。が、バンダナは返って来ない。が嬉しげに言った。
「私がつけてあげる。ちょっとだけ下に降りて。」
言い終わるよりも早くは彼の身体を押し、下へと歩かせる。
後ろを向かせると、いいって言うまで動かないでね、と念を押し巻き始めた。
といっても、バンダナなのだからその時間もたかが知れている。が、妙に時間がかかるのは途中で色々とが話しかけてくるからだ。
「わー、の髪の毛さらさらだね。いいな、女の子みたい。」
「、それ全然嬉しくないんだけど・・・。」
大好きな女の子に、女の子みたいと言われ憤然とする。
「わー、枝毛もないねー。ふふ、ゼシカが聞いたらうらやましがるかも。」
「それは褒めてるの?」
「やだ、褒めてるよっ。だってってさらさらだし、線も細いし・・・。
あ、もしかして女の子に間違えられたことあるとか!!」
いくらでもこれは言い過ぎだろう、と思ってちょっと怒ろうと思ったところで彼女の手がぱっと離れた。
でーきた、と言っているので、ようやくバンダナ巻きが終了したのだろう。
動いていいよと言われたので、は思い切りよく後ろを向いた。
思ったよりもかなり近く、鼻と鼻とが触れんばかりの距離にいるに逆に驚く。
もっと驚いたのはの方だ。びっくりして後退りしようとして、足がもつれた。
「わ、わ、わ・・・。」
空を掴むように手を伸ばす彼女の身体を慌てて抱きかかえようとした。
しかしその時、急にまた丘の下の方から突風が2人を襲った。
体勢を崩したはそのまま前に倒れこむ。2人が倒れこんだ所で草が散った。
「いったぁ・・・、わ、!?」
はびっくりした。自分の下にがいるのである。
どおりで倒れこんだ時に身体がひっくり返ったような気がして、下が柔らかいわけだ。
は、彼女を抱きかかえたままのの胸を軽く叩いた。
「っ。私重たいかもっ。わ、離れて!」
「いやだ。」
は短くそう言うと、逆にもっと強くを抱きしめた。
恥ずかしさで顔を真っ赤にするの耳元ではささやいた。
「僕が守りたいのは城だけじゃないんだ。の事も、僕は守りたいんだ。
僕が強くいられるのはのおかげだよ。の事、誰よりも大好きだから。」
「・・・?」
の腕がの背中に回った。ぎゅっと、けれども優しく彼を包み込むようにして抱きしめ返す。
そうして言葉も交わさずしばらく抱きしめ合っていた。
やがて、どちらともなく手が離れると、は身体をぐるりと動かした。
立場が逆転し、がに覆いかぶさるようになる。
「、好きだよ・・・。」
何度目かも忘れるぐらいの言葉を呟くと、は顔を近づけた。
そのままの唇に口付ける。初めは軽く、2度目は深く、深く口付けた。
ふわふわと酔ってしまったかのような感じに襲われつつも、は彼の好意に身を任せていた。
が、さすがに苦しくなり、抜け切った力を込めての胸を叩く。
そしてその時気が付いた。
彼の心臓は、ものすごいスピードでリズムを刻んでいたのだ。
ようやくが唇を離し、ついでに2人とも起き上がるとは呼吸を整えて言った。
「の心臓、すっごくドキドキ言ってたよ。えへへ、聞こえちゃった。」
「のせいだよ。がすごく可愛くて、の事が誰よりも一番好きだからね。」
いつの間にか風が止んだ丘の上で、2人は笑い合った。
あとがき
甘く甘くしてみようと言う事で、こんなになってしまいました。
別にお正月とか、新年とか全く関係ないですね、はい。
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