その時国交が揺らいだ







 世界中を騒がせ、人々を恐怖のどん底にたたき落とした暗黒神ラプソーンが倒されて数ヶ月。
おどろおどろしい茨の呪いからも解放され元の美しい姿を取り戻したトロデーン王国は、たった1人の姫君の輿入れに向け大わらわだった。
ドルマゲスから始まった一連の事件のせいで流れに流れていたサザンビーク王国の王子との結婚が、間近に迫っていたのだ。
もっともミーティア姫は全く乗り気でなく、自室に引き籠もってはピアノの鍵盤を叩く毎日なのだが。





「だって、どこにあのチャゴス王子の元に喜んで嫁ぐ女性がいるというのですか!?」


「うん、いないでしょうねぇ」


「気もそぞろな返事をあからさまにしないで下さい。不敬罪に問われますよ」






 王国に仕える者にとって絶対の存在である姫君の前でばっさばさと埃臭いやたらと分厚い書物をめくっていたは、不敬罪と聞きぱあっと顔を輝かせた。
そうだ、いっそのこと死罪にならない程度の重罪を犯して国外追放される身になれば、好きなだけを取り戻すための旅に打ち込める。
たまには姫もいいこと言ってくれるものだ。
よし、では何の罪を犯そうか・・・。
幼なじみがまた別のことを考え始めたと気付いたミーティアは、と大きな声で彼の名を呼んだ。
本当に彼は、もう少し自分の身分をわきまえてほしいものである。
不敬罪に問うつもりはさらさらないが、大事な幼なじみの人生の危機の時ぐらい、親身になってくれてもいいではないか。
が一心不乱に調べている事柄については、もちろんミーティアも知っている。
できることならば彼や彼女の力になりたいし、じっくりゆっくり行方を掴んでこいと送り出してやりたい。
しかし今だけは駄目なのだ。
今だけはとりあえずのことはほんの少し頭の隅にやって、自分の結婚について真面目に考えてほしい。






「・・・は、ミーティアが不幸な結婚をしても構わないのですね」


「人を血も涙もない奴みたいに言わないで下さい。そりゃ嫌ですよ、姫があんな豚王子に嫁ぐなんて。もちろん幼なじみとしてですが」


「ではミーティアのために一肌脱ごうとか考えてくれないのですか?」


「一肌脱ぐって・・・。下手なことしたら国外追放じゃ済まずに死罪ですよ。まぁギガデインかギガブレイクして蹴散らせますけど」


「いつからはそんなに実力行使に訴えるようになったのですか」






 旅に出る前のはここまで酷くはなかった。
少なくとも、事あるごとに雷の力をちらつかせたり、たまにそれを行使するような男ではなかった。
旅を続けていくうちに彼の隠された才能が引き出されたのかもしれないが、才能と一緒に出てはいけなかった性格まで飛び出してしまったようである。
いや、と出会ってから芽生えたのかもしれない。
ミーティアは愛の力の偉大さを改めて思い知った。
愛があるから、が影も形もなくなった今でも彼女を探そうとしているのだろう。
思い出すだけでも辛いだろうにと、ミーティアは再び書物と睨めっこを始めたを見つめた。
頼む、本当に今だけはにかける情熱の一部をこちらに回してほしい。
助けてくれたら国外追放なんていう物騒な判決を授けずとも、何かしら理由をつけて旅に送り出してあげるから。





「というか僕としては、いまだに縁談話が生きてたってのがおかしいと思うんですよ。先祖の遺言の拘束力って怖いですねぇ」


「ミーティアもそう思います。王家の定めとはいえ、おじい様たちあんまりです」






 どうしようもなさそうな現実に直面したとミーティアは、やり場のない怒りや愚痴を故人へとぶつけまくるのだった。



















































 特別に何か策を授けるわけでも仕込むわけでもなく、その日は訪れた。
そういえばまだ法皇の館の蔵書は漁ってないや。
あのニノ大司教が新しく法皇の座に就いたというし、コネを利用して目ぼしい書物を掠め取ろうか。
ミーティアが乗っている真っ白な馬車の横を歩きながら、は天高くにそびえ立つ法皇の住まいを眺めぼんやりと犯行計画を立てた。
結局あれから姫とまともな作戦会議はしていない。
のことばかり考えていたから、『もういいです』とブチ切れられた気もする。
確信が持てないのは、起きている時間の8割はのことで頭がいっぱいだからだ。
正直、姫と何を話したのかすらよく覚えていない。






もウェディングドレスとか着たら、すっごく可愛いんだろうな・・・」


「ゼシカはそういう予定とかないわけ?」


「ないわね、ありがたいことに」


「俺がもらってやってもい「結構よ。あんたみたいなテキトー男が幸せな家庭を築けるわけないもの」





 手痛い一言を受けククールが苦笑いする。
反論しないあたり、幸せな家庭を築く自信がないのだろう。
どうせククールのことだ。三十路を過ぎてもアラフォー世代になっても、今と変わらずふよふよと浮いた生活をしているに違いない。
そしてだれにも看取られずにどこかでひっそりと逝く。
高確率で実際に起こりそうな未来に、は思わず笑い声を上げた。
がいなくなってから笑顔になれる機会も減ったが、やはり仲間と一緒にいると心が落ち着く。
を探す旅に出るといったら彼らは同行してくれるだろうか。
きっとしてくれるだろう、やさしく仲間思いの人たちだから。





「あっ、てめ、笑うんじゃねーよ! さすがに傷つくだろ!」


「ごめんククール。居場所なくなったら城で雇ってもらえるように王に頼んでみるよ」


「お前悪いと思ってないだろ、やな奴だな」





 目的地に着き、馬車が静かに停まる。
塞ぎ込んだ面持ちで現れたミーティアを見て、さすがには真顔になった。
よっぽどチャゴス王子に嫁ぐのが嫌なのだろう。
顔色は悪いし無口だし、見ていて痛々しい。
なんだかんだで姫には記憶が確立された頃からお世話になってきた。
2人でこっそり城を抜け出した悪戯仲間でもある。
姫君と兵卒という関係にありながらも仲良くしてくれ、今だって職務怠慢と問責されるべきところを庇い、目を瞑ってくれている。
そんな姫君らしからぬ彼女がトロデーンからいなくなってしまったらどうだろう。
最大にして最強の後ろ盾をなくしてしまうではないか。
それに姫がサザンビークに嫌々ながらも嫁いだと後になってが知れば、彼女は我がことのように悲しむだろう。
姫の不在はよく考えてみれば非常に困るのだ。
が帰ってきた時は、すべての環境が万全に整っていなければいけないのだから。
それ以前に、姫がいなくなれば自分が今こなしている宮仕えがつまらなくなるだろうし、何よりも探しの旅を本気で断念させられかねない。
それはいけない、彼女はなくてはならない存在だ。
はチャゴスに手を取られ遠ざかろうとするミーティアに声をかけた。
ありもしないのに忘れ物ですと言い、彼女に体を寄せる。





「今まで大して相談に乗れなくてすみませんでした。明日、僕に任せて下さい」


「・・・え? 、何かやってくれるのですか!?」


「具体的な内容はまだ考えてませんけど、僕には、トロデーンにはまだまだ姫が必要なんです。もちろん幼なじみとしてですが」


「そこは強調されなくてもわかっています。ではミーティアはに期待していいんですね」


「それ相応の見返りは僕も期待してますけど」






 とミーティアは顔を見合わせるとにっこりと笑い合った。
手段なんてどうにでもなる、こちらには百戦錬磨のヤンガスたちがいるのだ。
マホトーンをされてルーラが使えなくなっても、ククールを一度気絶させてゼシカのザオリクで呼び覚まし発動させればいい。
計画の完遂に味方の犠牲は必要である。
は犠牲となる者を、迷うことなくククールに決めた。





「じゃあ姫、明日が姫にとって人生で最も忘れられない素晴らしい一日になりますよう」


、あなたも、あなたの今後のためにもよろしく頼みますね」





 ミーティアと別れたたちはその夜、入念な計画を立てた。
チャンスは一度しかない。失敗は許されなかった。
サザンビークとの国交が揺らごうが断絶しようが関係なかった。





、やっぱりミーティア姫のことも大切に思ってるのね」


「そうだよ。姫は僕の幼なじみだし、姫いないと僕ここまで好き勝手できてないからね」


「指名手配犯になったら、またみんなで冒険するってのも楽しそうよね!」





 たちの久々の大立ち回りが開演した。















































 騒がしくなる聖堂の外。
人が薙ぎ倒される音とともに、ばぁんと大きな音を立てて扉が開かれる。
ざわめく堂内を気にせず大股でヴァージンロードを歩く青年は、終着点に立つ美しい花嫁の手を取るとくるりと踵を返した。
あまりに堂々とした犯行に、警備の兵たちもたじろぐ。
花嫁の手を引いたまま颯爽とヴァージンロードを逆走する青年は、一度も振り返ることなく式場を後にした。





「これでいいですか姫」


「充分すぎます。ふふ、お父様の嬉しそうな顔といったら」


「雑魚の相手はヤンガスたちがしてくれてます。とっととこんなとこ逃げましょう」


「ええ!」





 火球と竜巻とヤンガスに投げ飛ばされた人が飛び交う中広場へと逃げだしたは、とてとてと駆けてきたトロデ王を出迎えると馬車に姫と王を誘導した。
大勢の兵と共に追いかけてくるのはクラウビス王とチャゴス王子である。
チャゴスはを指さすと、震える声で叫んだ。





「お前・・・! ミーティア姫を愛しているのか!!」


「姫は僕の幼なじみです。それ以上の感情は抱いたことないけど、僕の大切な人です」


「お、お前のような下賤の者が王族と結ばれることなどない!」



「結ばれる・・・? 何言ってるんですか、僕が愛しているのはこの世でただ1人、だけ。以外と結ばれるなんて、考えたくもないね!」






 本当に僕は君だけを想い、そのためには何を犠牲にしても構わないんだ。
だからもう少し、あと少しだけ待っていて。
必ず君を見つけ出すから、どんな暗闇の中でも、異世界にいたって必ず迎えに行くから。
はぎゅっと手を握り締めると、チャゴスからクラウビス王へと視線を移した。
彼には申し訳ないことをしたと思っている。
なんというか、息子の唯一の晴れ舞台に泥を塗りたくって謝っても謝りきれない。
謝る気はさらさらないのだが。





「ということなんで、この結婚式はなかったことにしといて下さい。あ、僕と姫は妙な関係じゃないんで、そこはくれぐれもお間違いのないように」






 言いたいことだけ一方的に言うと、は馬車に鞭をくれた。
馬車の中からは楽しそうな親子の笑い声が聞こえる。
王も喜んでくれているようだし、これで探しの旅へも一歩近づけた気がする。
いいことをすると、なんて清々しい気分になれるのだろう。
は遠くでチャゴスがクラウビス王から叱責を受けている姿を確認してさらに気を良くすると、トロデーンに向けてルーラを発動した。
おかえりなさいと出迎えてくれる城の人々を前に、ミーティアも満面の笑みで接している。
これでもう足がかりはできた。さあ、今から探しの旅に出る準備を始めよう。
は深夜のうちに法皇の館から無断で持ち出してきた古びた書物を脇に、旅の再開への最終準備を始めるのだった。








あとがき

番外編でもちょくちょく出てきた、姫さまと近衛隊長殿にまつわるおぞましい噂ができるまでのお話でした。
ヒロインが喋るどころか登場しもしないので書くのを迷っていたんですが、あれだけ噂を引っ張んたんだからと。
もう、ヤンガスがどんな口調だったかわからないので喋ってません。





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