はたらくお兄さん




 は、錬金釜をフル稼働させていた。
欲しいものはとにかく敵から身を潜め、かわしやすい防具である。
できれば地味な色合いのものがいい。
は次から次に服を生み出す魔法の釜に、無造作に素材を投げ入れた。




「なーに作ってるの?」


「わっ・・・、な、何でもないよ!?」




 ぎゅうっと後ろから抱きつかれ心臓が跳ね上がる。
こればっかりはに知られるわけにはいかない。
知られてしまったら面白くないし、数ヶ月の計画が水の泡になってしまう。
は胸に回されたの腕をそっと掴んだ。




「物が嵩張ってきちゃったから、代えの服でも作ろっかなって」


「ふぅん・・・。でも、どれもやけに地味だね。まるで何かから身を隠すみたい」


「たまたまかな」




 勘が鋭すぎる夫の言葉を聞き、の背中に冷や汗が流れた。
さすがは戦闘能力に長けた竜神族の血を引く者とでも言うべきか。
己に降りかからんとする事件に対する嗅覚に冴えすぎている。
別に愛する人を害そうとは思っていないのだ。
ただ、ちょっとだけ身辺調査、そして彼の知られざる日常を暴きたいだけなのだ。
好きな人の事は何だって知っておきたい乙女(ではないが)の好奇心とでも捉えてもらいたい。




は明日からサザンビークに出張だよね。頑張ってね!」


「・・・こればっかりはに応援されても行きたくないんだよねー・・・」


「もう、そんなこと言って。美味しいもの作って待ってるからね!」





 明日が早いため先に布団に潜り込むの額に口づけを落とすと、は出来上がったばかりの数着の服を布袋に詰め込んだ。
ククールのもヤンガスのも同じ量の素材から作れるのだから不思議なものだ。
横がある分縦がないからかとも思ってしまう。





「あなたのお仕事拝見します、なんちゃって」




 のささやかな好奇心から生じた冒険が始まった。




































 トロデーンと長きに渡り友好を保っているサザンビーク。
当代王子皇女の結婚式では、一悶着どころか同盟をぶち壊しかねない大事件が発生したりもした。
大事件を引き起こした犯人であるは、サザンビークへは本気で行きたくなかった。
行きたくなくても、仕事だから渋々行っているのだ。
いっそのことこんな国ギガデインとギガブレイクで滅亡させてやろうかと考えたこともあったが、それをやると自分が人でなくなるような気がしてやめた。
すわ暗黒神ラプソーンの再来かとか、大魔王など呼ばれたくはないのだ。
それに仮に大魔王などになってみろ。
純愛の末に結ばれたとの仲だって、大魔王が邪悪な力を使って我がものとしたなどと、あることないこと書き立てられそうだ。
一度出てきた噂を消すことは難しい。
は、未だにサザンビーク国内でまことしやかに囁かれている『ミーティア姫の恋人は近衛隊長』説で身をもって知っていた。
姫と恋仲だなんて、世界が3回滅んでもありえない。
はおぞましい噂を振り払うと、サザンビーク城に入った。
負のオーラというか明らかにテンションの低いを、柱の影から4人の男女が見守っていた。





「すっごい! やっぱり見つかってないよ、さすが闇の衣だね!」


「いや、わかんねぇぞ、のことだから気付いてるけど今は気付かないふりしてるだけとか・・・」


「ううん、あれは確実に気付いてないよ。だって、私がいたら躊躇わないもん」





 ぐっとコブシを握り締めて断言するに、ゼシカとククールは顔を見合わせた。
なんとも堪え性のない男である。
待つということを知らないのか、彼は。
そう思い、2人はを取り戻すためにやってきた数々の所業を思い出した。
・・・なるほど、の言うとおり、躊躇いは微塵もなかった。
は闇の衣をすっぽりと頭から被ると声を潜め、けれども嬉しげに口を開いた。




がちゃんと近衛隊長としてお仕事してるのか、一度きちっと見といた方がいいなと思って」


「兄貴は仕事を家に持ち込まないんでがすか?」


「うん。サザンビークに行きたくないとはごねるけど、理由は教えてくれないんだよね。お義父様の実家なのに」




 は遠のいていくの背中を見つめ、寂しげに呟いた。
やはり、愛する人の悩みは知っておきたいのだろう。
その気持ちはヤンガスにも痛いほどよくわかった。
しかし、がサザンビークを鬼門としていることの理由は口が裂けても言えなかった。
うっかり口でも滑って言ってみろ。
ククールでなくても雷を落とされる。




「やっぱりチャゴス王子との相性が最悪だからかな。更正係は疲れるよって嘆いてるし」


「チャゴスと兄貴はやたら因縁がありやすから・・・。が心配するような物騒なもんじゃねぇでがす」


「そうかな・・・。・・・そうだよね、いくらなんでも、人に向かってはギガスラッシュとかしないだろうし」




 やってるぜと言いかけたククールの足を、ゼシカが思い切り踏みつけた。
あんた焦げ殺されたいのとものすごい目で睨まれ、はっと我に返る。
なんて危険な端を渡ろうとしてたんだ、俺。
最近危険に身を晒していなかったから、危険察知能力が鈍っていた。
ククールは周囲にがいないことを確認し、深く深く安堵の息を吐いた。




「で、具体的にどうしたいの?」


「うん、はね、私たちがここに来てること知らないの。だからこっそりとの仕事を見てたいなって」


「悪いけど・・・。は闇の衣でのカモフラージュくらいすぐに見破るわよ」


「じゃあマヌーサ唱えるのはどうだろ。私、一度効きさえすれば2,3日効果を持続させる自信はあるよ」




 どこから取り出したのか愛用の杖を握り締め自信満々に宣言するに、ゼシカは苦笑した。
だから、そういう問題ではないのだ。
相手があのでこちらにがいる以上、彼のアンテナは働いてしまうのだ。
見つかったとしても自分には危害は加えないだろうが、ゼシカは友としての暴挙を阻止しようと決めた。
行きすぎた好奇心は身を滅ぼす。
人には知らなくていい世界がある。
は、決してサザンビークでのを見てはならない。
ゼシカはそう信じて疑わなかった。




「あ、が移動した! 行こ、ゼシカ!」

「ちょっ・・・、待って!」




 道順からしてチャゴスの部屋へと向かいだしたを追うべく駆け出したを、ゼシカたちは慌てて追いかけて行った。
マジックバリアの準備は、も含め万端である。

































 は自分にまとわりつく可愛らしい尾行者の存在に当然気付いていた。
王族を守るという役職にあるのだ。
周囲への目配りは他の誰よりも優れていなければならない。
そのため、の人一倍鋭い空間把握能力は、と一緒に何のためだか尾行を続けるヤンガスたちのことも察知してた。
ククールの予感どおり、気付かないふりをしていただけだった。




(それにしても、なんでよりにもよってサザンビークに来ちゃうかな・・・)




 の存在に気付いていて正解だったと思った。
彼女が見ている前で、いつもと同じようにチャゴスに接することはできない。
あぶり、脂肪をこそぎ落とすかのような更正方法など、見られた暁には三行半突きつけられて姫かゼシカの元に逃亡される。
それだけはなんとしてでも避けなければならなかった。
は誰にも見えないように舌打ちすると、極めてにこやかにチャゴスの部屋へと足を踏み入れた。
せっかく人が笑顔で接してやっているというのに、なぜ化け物を見るような目で僕を見る。
は焦がしたくなる衝動を必死に抑えると、王子と切り出した。




「な、何だ・・・」


「今日はいつもと違う方法で勉強しましょうか」




 ごくりと生唾を飲み込むチャゴスをちらりと見て、は右手に魔力を集中させた。
この壁をぶち壊せばちょうどククールにぶつかるな。
根拠のない確信を抱いたは、チャゴスに声をかけた。




「いつもあなたにやってることを、今日は別の人にやってみることにします。その後、彼がどんな処置を施すのかを見るのが勉強です」




 は魔力を溜め込んだ右手を壁に向けて水平に振り切った。
しなやかな手から発せられた金色の閃光は、人の目で捉える前に壁にぶつかり切り刻む。
壁の向こうでうわっとかきゃーククールと叫ぶ賑やかな声が聞こえた気がした。
壁をぶち壊した何かを焦がした煙が収まった現場を見つめる。
そこには案の定というかの確信どおり、ピンポイントでギガスラッシュを喰らったククールが倒れていた。





「あれ、ククール、みんなも・・・。どうしたの、こんなとこで」


!! ククールに今、ギガスラッシュした!? 人に狙っちゃ駄目だよ!」


「やだなぁ、僕が大事な友だちに危害を加えるわけないじゃん。今ね、チャゴス王子がトカゲが現れたとか騒ぎ出したから、脅かして外に出そうと思って」


「たかがトカゲ一匹追い出すのにギガスラッシュは要らないでしょ! 竜神王様じゃないんだから!」


「・・・ごめんね。本当はもっとお手軽なやつにしようと思ったんだけど、チャゴス王子が・・・」





 何とも言えない、困ったような表情でに見つめられたチャゴスはぎょっとした。
なぜそこで僕にする、悪いのは全部このキチガイだというのに。
チャゴスは全ての責任を押し付けられていると気付き、1歩2歩と後退りをした。
こいつらはいけない、最近あの黒髪の女は見かけなかったが、そうでなくてもこいつらは加減というものを知らない。
のベホマによって戦線復帰したククールがゆらりと立ち上がり、チャゴスをにやりを見つめた。




「・・・おい近衛隊長殿、いや、? 間接的に言えば、俺はこの王子様のわがままに付き合わされて瀕死の重傷を負ったってか」


「否定はしないよ」


「・・・俺はやるぜ」




 ククールはすらりと剣を抜くと、そのまま床に突き立てた。
地獄から呼び出された雷が、チャゴスの頭上で不気味な光を発する。
ジゴスパーク。低い声でククールが呟いた直後、チャゴスの全身に電撃が走り抜けた。
少々効き目の強い電気マッサージを施されたチャゴスは、無言で床に倒れ伏す。
以前見た時よりも若干痩せたというよりもやつれた感のあるチャゴスに近寄ったは、回復呪文ではなくラリホーマを唱えた。




に変なこと吹き込まないで下さいチャゴス王子。・・・眠ってるまま天国に行ってもらってもいいんですよ?」


、ちょっとそれは天使にあるまじき発言だよ。僕は大丈夫だし、ほら、ククールもすっきりしてる」


「そうそう、こいつらは俺らに任せとけばいいって。さすがに殺しちゃヤバイから、そこらへんのギリギリの加減はしてるし」




 加減の程度がおかしいと誰も気付きはしない。
はそうなのかなと首を傾げゼシカを見つめた。
ゼシカも大きく頷いているし、間違ってはいないのだろう。
どうやら自分はちょっとこの世から行方をくらましている間に、トロデーンとサザンビークの関係はだいぶ変わったようだ。





「みんなも変なことに付き合わせてごめんね。あと、ここはこんな感じでなかなか落ち着ける場所じゃないから、僕の心配しないでトロデーンで待っててね」


「うん、そうする」





 が更正係で苦労をしているのは事実だった。
もう少し自分も役に立てたら嬉しいが、その役には向いていないらしい。
はびしばしとチャゴスを鍛え上げているの鬼のような仕事ぶりを見て、ますます彼への想いを強くしたのだった。





あとがき

ククールになると見せかけて、最大の被害者はチャゴス王子。
ククールもいつもやられてばっかりだと悔しいので、剣スキルを100にしてジゴスパークを習得したようです。
でも、やる前にいつもやられているから使いどころは皆無です。



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