お姫様の野望







 最近僕の夢の中に姫様が出てこなくなった。
悩みがなくなってくれたのだろうか。
どっちにしても、快適に寝られる分もちろん目覚めも良い。
それにどうせ夢に誰か出てきてくれるのなら、が出てきてくれた方が嬉しかったりする。
あいにく彼女が僕の夢に出てきてくれた事はまだ一度もないのだけれど。






 そんな夜、夢の中に姫様が出てきた。
なぜか隣にはイシュマウリがいたけど。
今日の姫様はどこか嬉しそうだ。





! ミーティアは今日この方にお願いしたんです! ミーティアのお願いも叶えて下さいと。
 そしたら、この方はミーティアの願いを聞き入れてくれると言って下さったのです!」





 ・・・いったい何をお願いしたのでしょうか。
そう聞きたいところだが、夢の中の僕は口を開くことができない。
姫様の後をイシュマウリが続ける。




「この人の子はおとぎ話の世界に行ってみたいと願ったのだ。私は彼女の願いを聞き入れるつもりだ。
 そして彼女はその願いにはどうしても人の子たちが必要だとも言った。だから、私は今からそなたたちをおとぎ話の世界へ飛ばそうと思う」






 ・・・おとぎ話って何ですか。
姫様はなんでそんな変わったお願いをしたのですか。
しかし僕にそんなことが訊けるわけもなく。
イシュマウリの力で半ば強制的におとぎ話の世界に連れて行かれてしまったのだ。












 “むかしむかし、あるところに美しいお姫様がいました。”



 どこからかそんな言葉が聞こえてくる。
は夢の中でイシュマウリに出会った。
そして、詳しい事を知らないまま、気が付いたら不思議な世界にいた。





「いったいどうなってるの!?」





 はそう言って辺りを見回した。
王侯貴族の娘の部屋のような美しい装飾がなされた部屋に目を丸くしつつ、彼女はふと壁にかけられていた鏡を見てびっくりする。
そこに映っていたのは確かにだった。
しかしその姿はいつものように動きやすい服装をした彼女ではなく、
綺麗な、それこそミーティア姫が着ているような立派なドレスに身を包んでいた彼女だったのだ。
さらに混乱する彼女の慌てぶりを尻目に、不思議な声は再び先程と同じ言葉を口にした。





 “むかしむかし、あるところに美しいお姫様がいました。”




 「違う!! 私はお姫様なんかじゃないよ! お姫様はミーティア姫様だってば・・・」




 の泣きそうな声が廊下に響いた。
言葉はさらに続く。



“お姫様は、とても歌が上手でした。”



「だからっ! ミーティア姫様の方が・・・!!」




 どうやらは、おとぎ話の世界でどこかのお姫様になったらしい。
もっとも彼女はその事実を知るはずもないのだが。
戸惑いもなくならぬうちに、次の言葉が振ってきた。
そして言葉と共に煌びやかな衣装を身に纏ったゼシカが颯爽とやって来る。




“意地悪なお妃様は、お姫様の美しさを妬んでいました。”



「あら、お姫様ってだったの?」


「ゼシカが意地悪なお妃様なの・・・? やだ・・・。しかもゼシカの方が綺麗だよ・・・」




 しかしゼシカは彼女の泣き言にも耳を貸さず、1人で勝手に納得していた。



(なるほどね。これが姫様の言ってたおとぎ話の世界ってヤツね。でも、私がお妃様ってどういうことよ。
 私がにいじわるなんてするわけがないのに)




 言葉は続く。




“ある日、お妃様は狩人に命令しました。『姫の命を奪ってこい』と。”



 彼らの中で弓が遣える者といったら1人しかいない、ククールである。
ゼシカは狩人ククールに命令した。




「いいこと、あんた本当にを殺したりしたら、確実に燃やすからね」





 彼女が言うこの手の言葉には大概嘘はない。
ククールははいはいと言いながら、いつの間にか姿を消したの後を追っていった。






 “狩人はとても弓の腕に優れ、そして優しい性格の持ち主でした。”



「当たり前だろ。世の中の美女に優しい俺だ。今更言われなくたって、美女たちはみんなその事を知ってるって」



 不思議な声の言葉にククールは気を良くしながら、前方に見えるドレス姿のを視界に捉えた。




“ついに、お姫様は狩人に見つかってしまいました。”



「ク、ククール、お願い、殺さないで・・・?」





 は自覚がないうちにお願いビームを放った。
しかしククールには効かなかった。



「そんなこと言われたって、俺だって奪ってこいって言われたし・・・」



 そう言うと、ククールは無造作にラリホーアローを放った。
不意を突かれたは見事に彼の眠り攻撃を受けてしまう。
ククールはすやすやと寝息を立て始めたを確認して、彼女の唇に口づけをした。
その途端、は目を覚ました。





「きゃぁぁぁぁぁぁっ!! ククールのばかぁっ!」




“かわいそうに、お姫様は狩人に唇を奪われてしまいました。一方、狩人はお妃様に尋ねられていました。”



「あんた、本当にを殺しでもしてたらもれなく焼くからね」


「大丈夫。唇しか奪ってないから」




 “お妃様は狩人がお姫様の命を奪ってこなかったことを たいそうお怒りになりました。”



 ククールの衝撃的な発言を聞いた直後、ゼシカの周囲に魔力が集まり始めた。
ククールは身の危険を察して咄嗟に自分の身を守ろうとするが、残念ながら、彼が慌てている間にゼシカの手から巨大な火の玉が放たれていた。





「ククールの変態、変人、バカ、色魔! あんたのこと本当に好きなわけ!?」




 “お妃様は次の作戦を考え始めました。”



「役立たず・・・、じゃなかった。いるだけで害虫のククールをの元に行かせた私がバカだったわ。
 いいこと、今度またあの子に何かしたら、その時は確実に息の根止めるわよ」


「それは勘弁・・・」




 “その頃、お姫様は小人が住む家で暮らしていました。”



 が助けを求めに行くと、そこには2人だけの小人らしき人間と緑の化け物が住んでいた。




「ヤンガス、助けて! ククールが、ククールが・・・!」


~。 かわいそうでがす、あっしが今度一撃ぶちかましておくでがす」




 “小人はとても優しく、そして働き者でした。”



「ヤンガス、そこの壷の中身を取ってくれるかの」


「それくらい自分でやってくだせぇ、トロデのおっさん。」



 どうやら、ヤンガスとトロデ王は外見上の都合により、小人役を割り当てられているようだった。
なかなか適役である。









 “ある日、小人たちは遠くへ働きに行くことになりました。”




「絶対に扉を開けては駄目でがす。ゼシカの姉ちゃんが来てもでげすよ」




 ヤンガスは何がそんなに心配なのだろうか。
今、にとって危険なのはククールだけのはずなのだが。



「う、うん・・・。」





“小人たちが外に出た後、しばらくして誰かが家にやって来ました。”



! 私よ、ゼシカよ! ククールなんかを外に出してごめんなさい!」


「会いたかったよ、ゼシカ!」



 ゼシカの声を聞いた途端にヤンガスに言われた警告を
はすっかり忘れてしまった。





“小人達の言いつけを破って扉を開けてしまったお姫様に、お妃様は不思議な粉をぶちまけました。”








「きゃあぁっ・・・・」




ゼシカのぶちまけた粉をもろに被ったはその場に倒れ、息をしなくなってしまった。





「どうして!? これは『忘れる薬』のはずなのに・・・。あ!『眠れる薬』と間違えちゃったんだわ!!」




 ゼシカの言った『眠れる薬』とは、おそらく睡眠薬のようなものだろう。
そして、は規定量以上を体内に取り込んでしまったに違いない。




 “お妃様は高笑いをしながら城へと帰っていきました。”





「ごめんなさいっ! ごめんね~!!」




 ゼシカは混乱し、倒れたを放置して城へ蘇生方法を調べに急いで戻っていった。





“だいぶ経って、小人たちが家へと帰ってきました。そして、床に倒れ伏したお姫様を見つけました。”





!! あれだけ扉を開けるなと言ったのに・・・!!」


「ふむ、どうやらは息をしておらんようだな」





 呼吸をしていない彼女を前にヤンガスは取り乱し、トロデ王は異様なまでに冷静に事件を分析していた。





“こうして、哀れ死んでしまったお姫様はガラスの棺に入れられました。”




「本当にかわいそうでがす。だいたい、馬姫様がこんな事をへちま売りに頼んだりするからでやんす!」


「なにをっ! わしのミーティアを悪く言う奴は家臣であろうと許さんぞ!!」












“そこへ、立派な身なりをした王子様が現れました。”





「あれ? みんなここにいたんだね、すごく探したんだよ?」




「あ、兄貴ぃ~。が、が・・・!」






 なんと王子はだった。





“王子様は棺に近づきました。”





「これ、だよね? なんでこの中に・・・。」





 口ではそんな当然のことを言いつつも、彼の心の中は、あまりのの可憐さに驚くばかりだったのは言うまでもない。
そこへお妃様役のゼシカとヘタレ狩人のククールがやってきた。





「これには深~い訳があるのよ・・・」






“お妃様はお姫様が死んでいることに小踊りしました。”





「・・・というわけなのよ。ほんとにごめんね! そんなつもりは私は全然なかったのよっ!」





 ゼシカは必死に薬の取り違いを謝った。
もともとは彼女は好意でしようとしたのだ、が許さないわけがない。
むしろ彼からありがとうと言う始末だった。
が、いまひとりの処罰に関しては、取り付く島もない事は明白である。






“王子は棺の蓋を開けました。中にはとても美しいお姫様が眠っていました。”





、どうやったら目覚めるの?」




はゼシカに尋ねた。
もちろん彼女はばっちり蘇生方法を調べ上げていた。




「それがね・・・、にキスしないといけないんだって・・・」


「じゃあ、もう1回俺がに・・・」




ククールのそんな一言が彼の寿命をまた縮めたのは、わざわざここに書くまでもないだろう。







 “王子はお姫様にそっと触れました。そしてゆっくりと唇を重ねました。”














・・・・・・・。









 何の躊躇いもなくその行為を行ったにゼシカたちは畏怖の念を覚えた。






“するとどうでしょう。お姫様が目を覚ましたのです。”





 声の通り、は目を開いた。
しかし、目を開いた途端、の顔が目の前に現れたことに驚き目を更に見開いた。
声を上げようとしてもなぜだか口が開かない。








「――――!!!」






“お姫様は王子様を見て頬を赤く染めました。”





っ!!! ・・・いったい何が起こったの・・・!? どうして私が・・・・・!?」





 これ異常ないほどに混乱したがゼシカやヤンガスに尋ねる。
しかし、彼女たちも苦笑するしかない。
どうしようもなくて、辺りを見回すとと目が合う。




「きゃあぁぁぁっ! ・・・!!」


「目が覚めて良かった。僕もにキスした甲斐があったよ」





 さらりと言ってのけられた単語を耳にしたは、恥ずかしさで再び失神しそうになった。






“お姫様と王子様は固く抱き合いました。”





 はせっかく目が覚めたのにまた棺の中に倒れこむ
しっかりと抱き締め、彼女の耳元で囁いた。






「今のはを起こすためにした分だよ。あと、ククールにもやられたって聞いたんだけど・・・。
 一応ククールには電撃食らわせておいたけど、それじゃあ僕の気が済みそうにないから、この姫様の夢の中が終わったらね」





 人を外見で判断してはいけない。
はそう思った。





“そして、お姫様と王子様はいつまでも仲良く暮らしました。めでたしめでたし。きゃあ、終わりましたわ!
 、皆さん、お父様! ミーティアのお願いはいかがでしたか? ミーティアは一生懸命子どもの頃から好きだったおとぎ話のナレーションをしましたの。”




 突然声がはしゃいだようになった。
今の今まで彼らはとんと気が付かなかった。
まさかあの破天荒な言葉をミーティア姫が発していたなど。
しかし、言われてみればおかしかった。
ミーティア姫の夢の中なのに、彼女自身が登場しなかったのだから。






「お姫様・・・? これはいったいどういうことですか・・・? 私はどうしてお姫様になったんですか・・・? ゼシカでも良かったじゃないですか!」


“だって、にもっと仲良くなって欲しかったんですもの。それとも、は相手がでは嫌だったのですか? ククールさんの方が良かったですか?”


「そ、それは・・・の方が・・・」




 彼女の叫びには心配そうにに話しかけた。




「本当に僕よりもククールの変態の方が良かったの?」


「そ、そんなことないよっ!?」


“ミーティアもそう思ったんです。だからをお姫様にしたのです。”





 どこまでもマイペースな姫に結局は振り回されたということだ。
そう思うと彼らは本当に悲しくなってきた。





“あっ!もうそろそろ時間です。楽しかったですわ。またしましょうね、皆さん!”





 夢が終わった。

















 その翌日。





、おはよう」


「お、おはようございます、・・・」





 異常なまでに心臓を高鳴らせたがいた。
はそんな彼女を見て、可愛いとか何とか思いながら、昨日の夢の中での約束を思い出し、いつそれを実行しようかなどと目論んでいた。
ちなみにその日、ミーティア姫はご機嫌だったそうだ。









あとがき

全く関係の無いお話でごめんなさい。『白雪姫』の物語を思い出しつつ書きました。このサイトのミーティア姫はどこまでもマイペースで、
主人公とヒロインの仲を応援しちゃったりしています。いい人なんです。ククールがこの小説の中では1番の苦労人です。





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