時と翼と英雄たち


バラモス城    5







 エルファが突き刺した草薙の剣がバラモスの心臓を貫く。
ぴくりとも動かなくなったことを確認し剣を抜くと、バラモスの身体がじわじわと塵と化し消えていく。
肥満体だったのでいくらか脂が垂れるかと思っていたが、綺麗さっぱり跡形もなく消えてしまった。
心なしか、城を取り巻く空気も穏やかになったように感じられる。
この地にバラモスが君臨していたことが夢のようだ。
長く苦しい悪夢を見ていただけだと思いそうになるほど、城以外は何もなくなっていた。





「終わったのかな・・・? これで本当に終わった・・・?」


「終わったと思うけど、ここにいてもその実感あんまり湧かないな。ちょっと外出て確かめてみるか」


「外出る前にまずは怪我の治療だろ。リグ、よくその足で立ててたな」


「・・・今になって痛くなってきた」





 ぺたりと座り込んだリグを見つめ苦笑すると、エルファは回復呪文を唱えるべくリグの元に歩み寄った。
患部に手をかざし呪文を詠唱するが、何も起こらない。
それどころかくらりと目眩すらする。
よろりと後ろへ倒れかけたエルファをライムが慌てて抱きとめた。




「大丈夫? エルファの魔力切れちゃったんじゃない?」


「ありがとうライム。うんそうかも、ちょっともう無理みたい」


「やっぱり・・・。ずっと呪文唱えっぱなしだったもの、無理しちゃ駄目よ」





 リグの治療を断念しバースに委ねる。
左足は血みどろなのに、よく戦えたものである。
戦うことに懸命で、傷ついたことにも気付かなかったのかもしれない。
それだけ厳しい戦いだったのだ。
誰もが全力を尽くして戦い、その末に得た平穏なのだ。




「はーいリグくん足出してー」


「やめろその気持ち悪い言い方。バースのベホマ効いた気しないんだよ」


「照れない恥ずかしがらない苛めない。薬草大量摂取させるぞこら」


「エルファ、今から祈りの指輪使わないか?」

「え、今このタイミングで!?」






 主のいなくなった魔王の間で騒いでいると、4人の周囲にきらきらと輝く光が降り注ぐ。
光に触れたところから傷が癒え、魔力が満ち満ちてくる。
これはいったいどうしたことだろうか。
原因不明の恩恵に慌てふためくリグとライム、エルファを横にバースは目を見開いた。
忘れもしない、この柔かく暖かな光は我らが精霊ルビスの御心。
今はもう力が奪われているというのに、なぜルビス様が。
ルビス様と思わず呟くと、どこからともなく優しげな女性の声が聞こえてきた。





『勇者リグとその仲間たちよ、よくぞバラモスを倒してくれました・・・。今は心安らかにお休みなさい・・・』


「俺の怪我、治ってる・・・」


「私も魔力も回復してるよ・・・。今の光のおかげ?」


「そうとしか考えられないけど・・・、バース?」


「・・・あ? あ、ああごめん、ちょっとぼうっとしてた。びっくりするほどあっという間に元気になったな」


「これも世界が平和になったおかげかも! なんだか今ので、ほんとに旅が終わったんだなって感じたよ」


「そっか・・・」






 元気になったんならもう歩けるな、早くアリアハンに帰りたいねと話しながら地上へと帰還する。
禍々しい気配がぱったりと消え失せた城を出ると、リグたちの前に空の散歩からちょうど戻ってきたラーミアが降り立った。





































 アリアハンはお祭り騒ぎだった。
誰に言いふらしたわけでもないのに、バラモス死すの報は世界中を駆け巡っていたらしい。
戦闘現場に記者でも張り込んでいたのだろうか。
まったく気付かなかった。





「お帰りなさいリグ! あのバラモスを倒すなんてさすがは勇者オルテガの息子だ!」

「外にはまだ魔物いるけど、近いうちにみんないなくなるってほんと?」

「建てかけの新しい家も、こりゃ勇者の家らしく豪華にすべきかね!」






 アリアハンの住民にもみくちゃにされながら城への道を歩く。
わらわらと集まってくる人々の中に母とフィルの姿を探すが、どこにもない。
どこにいるのだろうと思いきょろきょろと辺りを見回していると、ライムがリグの肩をつつく。
ライムの視線の先を見ると、宿屋の2階の窓から高見の見物を決め込んでいる2人を見つける。
なるほど、そこからならばもみくちゃになることもなくじっくりと見ることができる。
落ち着いたら会いに行こう。
母には見たままのネクロゴンドを話そう。
フィルには、もう体張って命を懸けるようなことはないから安心してくれと言おう。
そしてもう一度、きちんと想いを伝えよう。
自分にはフィルが必要なのだと伝えよう。
思いに応えてくれるかどうか、また、上手く言えるかどうかにおいてはまったく自信がなかったが。
フィルたちをずっと見ていたかったがそうさせてくれるわけもなく、民衆に押されるようにして城に入る。
王の間へ上がるや否や軍楽隊の華やかなファンファーレが鳴り響き、久しく音楽に降れていなかったリグの鼓膜を刺激する。
歓迎してくれるのは嬉しいが、少しけたたましすぎやしないだろうか。
ラッパの音は嫌いではないが、どちらかといえば竪琴などの弦楽器で迎え入れてほしかった。
文句を言っていいような場所ではないし、せっかくの厚意に水を差すつもりはないので黙って神妙な面持ちで王や大臣からの労いの言葉を聞いていたが。
内容はよくわからない。
大半は聞き流していたが、真面目に話を聞いていたライムあたりに後で話の要約を聞けばなんとかなるだろう。
小難しい話は今も昔も苦手なのだ。






「リグ、これより後はどうするつもりか?」


「とりあえず家を建てようと思います。いつまでも宿屋暮らしじゃ家族も大変でしょうし」


「そうか。してその後は?」


「まだ考えていません」






 世界を平和にした後何をするかなど、考えたこともなかった。
いずれ旅に出ると決めた10年以上前から世界を救うことしか考えていなくて、それから先のことなど考えている場合ではなかった。
元々王宮兵士であるライムはともかく、バースとエルファはどうするつもりなのだろうか。
天下の賢者様といっても、魔物がいなくなった世界に攻撃呪文は必要ない。
神父やシスターになるという柄でもないし、そもそも既に聖職者の枠は埋まっているから就職は厳しいだろう。
2人でのんびり隠居でもするのかな。
それはそれで楽しそうだから、俺も混ぜてもらおうかな。
あ、でも俺もいたら確実にお邪魔虫か。
どうしようかな、まずは稼ぐための方法を考えないと。
旅でも常に財政赤字で火の車状態だったが、魔物も出なくなった世の中ではいったいどうやって生活資金を稼げばいいのだろう。
急に自信がなくなってきた。






「まあ、まずは体をゆるりと休めそれから考えればよい。リグ、お主はアリアハンのたか」





 王の言葉が、天井を突き破って兵たちに直撃した雷撃に遮られる。
焼き焦がされたちまちのうちに灰となった兵たちを目にして、咄嗟に身構える。
第二撃を察知し標的とされていた兵にしがみつき床を転がると、先程まで突っ立っていた場所の床が黒く焦げている。
恐怖と驚きでわなわなと震えている王の前でリグが叫んだ。





「おい馬鹿賢者、あの時結界張ったんじゃなかったのか!」


「結界破れる奴だっているんだよ、あっちの世界には・・・」

「あっちってどっちだ!」


「あっちってのは『我が手中に収めし暗黒の大地アレフガルド』・・・てっめ・・・!」


『少々刺激の強い挨拶だったようだな・・・。我が名はゾーマ、真の魔王。暗黒の地アレフガルドで待っておるぞ、リグ』






 地の底から響き渡るようなおぞましい声が止み、城に静寂が戻る。
しわぶきひとつしない奇怪な時間が流れていると、誰かが小さな声でああと嘆く。
嘆きの声で止まっていた時間が動き出したのか、王が玉座から転げ落ち大臣が慌ててそれを支える。
何が起こったのかすんなりと頭に入ってこない。
目の前で幾人もの兵が焼き殺され、真の魔王を名乗る輩が現れた。
バラモスで終わりじゃなかったのか。
思わずそう呟くと、それが始まりだとバースが答える。
始まり。ネクロゴンドを襲い魔物を世界に送り出し、父オルテガを喪うこととなったバラモスをようやく倒して、やっと始まりだというのか。






「リグ。・・・・・・俺の、俺たちのアレフガルドを助けてくれ」





 だから、アレフガルドって何なんだ。
沈痛な面持ちで深々と頭を下げるバースを、リグたちはぼんやりと見つめた。







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