時と翼と英雄たち


バラモス城    4







 バースのマホトーンとバラモスのバシルーラ、そしてエルファが掲げた杖の力が一点に集まり爆発する。
リグとライムは想像以上の衝撃に思わず身を伏せた。
眩い光に包まれ、何が起こったのか上手く把握できない。
光の中からどこどこと音を立て氷柱が現れたのを見て、リグはバラモスの呪文の不発にほっと胸を撫で下ろした。





「俺とエルファのマホトーンに勝とうなんざ考えるなよ、バラモス」


「・・・リグ、いつの間に魔封じの杖なんて持ってたの・・・? 拾ったならちゃんと教えてよ・・・」


「え? ああ、杖とかは拾っても興味ないから適当に突っ込んでたんだろうな。雷の杖だけで充分だと思ってたし」


「もう・・・。・・・バラモス、私の、私たちの大切な故郷を奪った罪は重い。ネクロゴンドを返して!」






 エルファは魔封じの杖から草薙の剣に武器を持ち替えると、魔力を封じられ苦悶の表情を浮かべているバラモスを睨みつけた。
バースとこちらのどちらのマホトーンが効いたのかはわからないが、何はともあれイオナズンやメラゾーマを封じることができて良かった。
バースを弾き飛ばそうとするなど、どこまでも憎たらしい魔王である。
国中の者だけでなくバースまで害そうとは、ますますもって許しがたい。
今にもバラモスに斬りかかりそうなエルファの前にリグが立ちはだかった。
援護を頼むって言っただろと諭されると頷かざるを得ないが、やはりバラモスに一太刀くらいは浴びせたい。
仇なのだ、バラモスは。





「そういうのは俺とライムの仕事だから奪っちゃ駄目だろ、エルファ」


「でもリグ・・・!」


「マホトーンありがとな。エルファの気持ちはよーくわかってる。俺だって半分ネクロゴンド王国民だ」





 リグは稲妻の剣をきらめかせるとバラモスへと突進した。
所構わず撒き散らす炎にマントが焦げる臭いがする。
体は気を取り直したエルファがすぐさま癒してくれるのでどうということはないが、はて、ホイミに頭髪の再生能力はあっただろうか。
どれだけ唱えてもバースの髪は黒くならないから、髪への恩恵はなさそうだ。





「ライム、大丈夫か」


「ええ。・・・ねえリグ、気付いた?」


「ああ、ライムもか。あの気味悪いオーブ厄介だな、あれがバラモスに力供給してる気がする」


「バースやエルファが言ってた魔の源ってあれ・・・?」


「あれそのものってわけじゃなさそうだけど、オーブの中に結構詰まってそうだな」


「・・・私、あれ潰してくる」






 ライムは剣を構えるとバラモスの背後で不気味な光を発し続けているオーブに向かって飛び出した。
炎を盾で防ぎ、あるいは掻い潜りながら接近を図る。
壊せるものかどうかはわからないけれど、バラモスの力を凶悪にしているのであれば何としてでも壊したい。
傷をつけるだけでもいいから、とにかくこれ以上バラモスに力を与えたくない。
バースとエルファの魔力も、リグやこちらの体力も無限ではない以上、持久戦は避けたかった。





「小賢しい人間が何をする!」

「きゃ・・・!」






 ライムの目的に気付いたのか、バラモスがひらりと飛び上がっていたライムへ強烈な平手打ちを食わせる。
攻撃をモロに受け床に叩きつけられた体が悲鳴を上げる。
踏み潰そうとしてくるバラモスの第二撃を転がることで避け、急場を凌ぐ。
息を整えなんとか立ち上がろうと踏ん張るが、体に力が入らない。
どこか痛めてしまったのかもしれない。





「もう、ちょっと・・・・・・!?」





 半身を起こしたライムは前を見据え、息を呑んだ。
炎に喰われると思った。 盾を構えようと手元を探るが、バラモスの平手打ちを受けた時の衝撃で手放してしまったらしい。
今度は無理だ、もう避けられない。
思わず目を閉じかけたライムの目の前に、きらきらと輝く壁が現れた。
襲いくる炎をものともせず、平然とした顔で溶けることのない壁を支えている全身黒ずくめの青年。
リグでもバースでもない、けれども遠すぎない距離を置いて見張っていた不思議な人。
じっと見つめていると視線に気づいたのか、青年がこちらに顔だけ向けた。





「どうして・・・」


「どうしてだろうね」






 彼の乱入にはリグたちも、バラモスさえも気付いていないらしい。
夢かと思ったが、手渡された水鏡の盾はアイシャから譲り受けたものに間違いはない。
何の気まぐれか酔狂か、命を助けてくれた。
それには変わりなくてありがとうと感謝の言葉を伝えると、驚いたように微かに体が揺れ動く。
感謝されることに慣れていないのだろうか。 彼の力ならば様々な人の力になれるだろうに。





「ライム!? ライム、返事しろ、無事かライム!」

「バースお前とりあえずベホマ唱えろ!」

「どこいるかもわかんねぇのに唱えられるか!」

「ぶち当たるまで乱発してろ、お前スーパー賢者だろ!?」

「お、おうよ、俺スーパー賢者だからな!」





 平手打ちと踏み潰しと紅蓮の炎を一気に受けたと思っているリグとバースが騒ぐ声が聞こえる。
バラモスの注意を惹こうと、エルファがバギクロスを唱える声も聞こえてくる。
ぐしゃりと床が抉れる音がして身を固くしたが、ぶち切れたらしいリグが今なお上手く制御できていないライデインを発動し、天から雷撃が降り注ぐのを見てほっとする。
なにやらあちらは派手に何やかやとやっている。
バースのベホマ乱発のおかげでその1つが届き、体がふっと軽くなる。
ライムはよろりと立ち上がると青年を顧みた。
もう一度ありがとうと言うと、返事をすることなく姿を消す。
意外と照れ屋なのかもしれない。
ライムは突然の闖入者のことは忘れると、前方のオーブを見据えた。





「リグ! 私はもう大丈夫だからちょっと気を引いてて!」


「ライム!! わかった、エルファはライムの援護してくれ。バース、お前はこのまま俺のサポートと攻撃」





 リグとバースがバラモスに容赦ない攻撃を続けている隙に、ライムは再びオーブへと跳躍した。
今度はエルファもいるから大丈夫だ、もうヘマはしない。
気合いの雄叫びを上げオーブへ深々と剣を突き刺す。
部屋中の空気が一瞬どす黒く重くなったかと思うと、それらがぱっと飛び散る。
バラモスが苦悶の表情を浮かべている隣で、リグが戦う手を止めて頭を押さえている。
作戦は成功したのだろうか。
力の源を絶たれたバラモスは心なしか少し縮んだように見えるが、リグの様子が気になる。
ああとかうんとか言いながら1人で頷いているが、大丈夫なのだろうか。




「リグ・・・?」


「・・・ああ、うん、やっとわかった。バースさ、いつか俺に変な封印したろ」


「した」


「今なら俺、バラモスも操れそうな気がするんだよ。はー、これがかつて世界を征服した王の力ってやつかー」





 リグは頭を2,3度振り剣を正眼に構えると、向かい側にいるライムに目配せした。
同じタイミングで交差するように斬りつけるとバラモスが絶叫する。
次いでバースがマヒャドの氷柱でバラモスの動きを完全に封じ込めると、リグたちはエルファと名を呼んだ。
バースが床に零れ落ちていた草薙の剣を取り上げ、エルファの手にそっと握らせる。
3人を順に見つめると、リグたちはゆっくりと頷いた。






「家賃滞納の落とし前は命で払ってもらわないと。返してもらいましょ、エルファの大事な故郷」

「今度ここに来る時は花の種持ってきて、綺麗な花畑作ろうぜエルファ」

「ネクロゴンド軍の大勝利だよ、エルファ。タスマンさんも王も仲間もみんな、やっと救われる」





 3人に背中を押され、虫の息のバラモスをじっと見つめる。
やっと終わる。
長かった、長すぎた旅がやっと終わる。
今はもう城の面影は微塵もないが、確かにこの下に眠っている同胞たちよ。
願わくば、永久の安らぎを得られんことを。
エルファはバラモスの心臓に剣を突き刺すと、静かに目を閉じた。







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