時と翼と英雄たち


バラモス城    3







 向かう先はもう見えているというのに、遠回りをしなければならないことが面倒でたまらない。
うっかり踏みしめた床に仕掛けてあったトラップが痛くてたまらない。
ベホマを唱えてくるエビルマージが憎たらしくてたまらないと呟くと、俺もそんな時期あったよとバースから慰めにもならない慰めの言葉を押しつけられる。
リグは最後の最後まで残っていたエビルマージを斬り伏せると、額に浮かんだ汗を拭いライムたちを顧みた。
目的はあくまでもバラモスだから、途中の戦闘はできる限り回避してきた。
体力も温存してきたが、さすがは敵の本拠地だ。
ここまで来るだけで相当骨が折れた。
この怒りをどうやって晴らしてくれようか。





「本当にこの下にいるんだろうな・・・。実はさっき通った玉座の裏に隠し階段あったりするんじゃないだろうな・・・」


「間違いないよリグ、ここだよ。ここから感じる気配は昔と一緒。・・・ちょっと強くなってるけど」


「ネクロゴンドがせっせと溜め込んでたやばい力を主食にしてそうだな、バラモスは」


「じゃあ力の根源を絶ってみたら?」


「絶つにはこのネクロゴンドの大地そのものをごっそり吹っ飛ばして、世界に穴でも開けないと無理だよライム。人間の力でできるもんじゃない」





 人を寄せつけまいと張られている結界をバースがあっさりと破る。
本当に破れたのかと不審な顔を見せるリグに、このくらいはできますと言い張る。
まったく、賢者の力を侮ってもらっては困る。
誰も信じてはくれないが、意外とやればできる子なのだ。
今もその気になればアリアハン城くらいどかんと吹き飛ばせるのだ、たぶん。
元々、守備よりも攻撃に魔力を使う方が威力が最大限発揮されやすいと評されていたのだし。
リグが先頭を歩き、ゆっくりと階段を下りていく。
地下へと進むごとに周囲の温度が上昇する。
オロチの棲家ほどではないが、ここも充分暑い。
バラモスは炎に耐性があるのか。
戦う前から属性を教えてくれるというのもなかなか間抜けな魔王だ。
ここは少しばかり暑くてたまらないが。




「バース、たくさんマヒャド使えるね」


「使いたいけど俺とエルファはたぶん補助で精一杯だろうなー。今のうちにスクルトとバイキルトかけとくか」


「あ、じゃあ私もフバーハ唱える」


「あれ、エルファいつの間にフバーハなんて覚えたんだ?」


「賢者に転職する前、神官団やってた頃に覚えてたみたい。記憶が戻ったからバギクロスもベホマラーも思い出したよ」






 旅を始めたばかりの頃は記憶も何もなくてエルファも冒険初心者だと思っていたが、実は相当に強かったのか。
もう少し早く思い出していてくれれば、例えばオロチの戦いでも炎で火傷を負うこともなかった。
それは言わない約束だとわかっているが。
今は、バラモスという世界を恐怖のどん底に叩き落した魔王との決戦を前に完全復活を果たしたことに喜べばいい。
昔は昔、今は今だ。
一足先にスクルトとフバーハとバイキルトで強化したリグたちが地下へと辿り着く。
前方から他の魔物たちとは比べものにならないほどに強大で凶悪な力を感じ、咄嗟に身構える。
ネクロゴンド特産の魔の力を大量摂取して肥満気味になったのか、どってりと太った化けガエルがにたりと笑みを浮かべる。
こいつがバラモスか。
建物のセンスの悪さでなんとなく予想はできていたが、施工主もやはり相当センスの悪い柄の服を着ている。
駄目だ、少し目がくらくらしてきた。
思わず後退したリグを怖気づいたと勘違いしたのか、バラモスがますます笑みを深くした。





「わしに怖気づいたのか、勇者よ」


「・・・はっ、冗談はそのどでっ腹だけにしとけよこの化けガエルが。行くぞライム、俺は左からやる」


「わかったわ」





 はらわたを喰らい尽くしてやるとか口上を述べるバラモスの言葉には無視を決め込み、ライムと一斉に斬りかかる。
先手必勝とばかりに、天井からは氷柱も降ってくる。
味方には当たらないように計算しているのか、バースのマヒャドは本人が本気を出せばいつも敵にしか当たらない。
三方向から迫ればいかな魔王でもたまるまい。
バラモスへと迫ったリグは、突然の左腕の強襲に体勢を崩した。
張り飛ばされると思い受け身を取りかけると、バラモスはにやりと笑い左手に魔力を集め始めた。





「イオナズン」

「うわ・・・っ!?」





 発動されたイオナズンがリグの超至近距離で大爆発を起こす。
フバーハでは呪文攻撃は防げない。
爆煙と痛みで動きが鈍ったリグの腹へ、バラモスは容赦なく拳を叩き込んだ。
強い。今まで戦ってきたどの魔物よりも強い。
スクルトをしていてこれなのか。
地面へ叩きつけられるところをエルファのバギで救われたリグは、剣を地面に突き立てるとよろりと立ち上がった。




「リグ、大丈夫!?」


「ああ・・・。回復と補助に専念してくれエルファ。バース、お前はバラモスのイオナズン相殺するか、防ぐ方法考えながら補助と攻撃しろ」


「つまるところ全部やれってか」


「できるだろ、お前スーパー賢者なんだから」





 リグは早口で指示を飛ばすと、果敢にバラモスへと斬りかかっているライムを加勢すべく再び前線へと飛び出した。
炎と爆発と火球に手こずるライムにも、徐々に傷が増えていく。
これはピオリムも唱えてもらって、より身軽な動きをした方がいいかもしれない。
そう考えていると、バースがピオリムと唱える声が聞こえてきた。
その他にも様々な呪文を試しているようで、あれこれと詠唱する声が聞こえてくる。
試すだけの魔力があって羨ましいことである。







「・・・ほう、あの男は確かあやつの・・・・・・。目障りな奴だな」





 目障りならば消してしまえばいい。
バラモスはまとわりつくリグとライムに構うことなく手をバースへと向けた。
奴の近くでひたすら回復呪文を唱えている死に損ないの亡国民も気に喰わないが、まずは主を誑かし取り入る人間の一族を滅ぼしてやりたい。
バラモスの動きに気付いたバースがはっと顔を上げる。
来るなら来い、こっちだってただでは死んでやるものか。
生きながらえたこの命は大切にすると決めたのだ。




「死よりも辛い追放を、バシルーラ」

「仲間を置いて逃げないってもう決めてんだよ、マホトーン!」





 バラモスとバースの呪文がぶつかる瞬間、エルファが道具袋から散らばり転がっていた杖を天に掲げる。
派手な音と光が一ヶ所でぶつかり、リグとライムは思わず目を閉じた。







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