時と翼と英雄たち

ダーマ    6





 バースの後に続いて旅の扉に入った時、エルファは確かに空間の歪みを感じていた。
旅人を次なる道へ導くのではなく、過去の時に連れ戻されようとしている気がした。
それはエルファの勘違いではなかった。










 「ここは・・・?」




 ひんやりと冷たい石畳の上に倒れていたエルファは、ガルナの塔ではない景色に目を見開いた。
ここがいったいどこなのか、それすらエルファにはわからなかった。
城の長い廊下のような所に1人でぽつんと立っていると、少し先の角から2人の人影が見えてきて、慌ててエルファは柱に隠した。
アリアハン城でなく、ガルナの塔の内部でもない空間にエルファは大きな不安を抱いていた。
知らないはずの場所なのに、どこかに自分がいたという感じがする。






「王女様はそなたとは1つ違いの大変聡明な方での。きっとそなたと気が合うじゃろう」


「でも相手は王女様です・・・。私のような者に本当に友人が務まるのでしょうか」




 僧衣を着た白髪の初老の男性と、エルファとさして歳の変わらない空色の長髪の少女が肩を並べて歩いている。
どちらもこの国に仕える者なのだろうか。
少女の顔を見て、エルファは大声を上げた。





「私・・・!?」




 目の前を通り過ぎた少女は、エルファにそっくりだった。
2人はエルファの姿に気付くことなく、そのまま大きな扉の前まで歩いていく。
エルファも彼らを見失わないように、こっそりと後をつけていく。
ふと、途中で自分の姿が相手に見えていないという摩訶不思議な事実に気付いた。






「おかしいよね。どうしてこんな所に繋がってるんだろ・・・。バースもリグも、ライムもいないし、私にそっくりな人はいるし・・・。・・・・・・過去?」




 ぽつりと言った『過去』という言葉にはっとする。
エルファにはアリアハンの海岸に打ち上げられリグに救助される前の記憶が一切ない。
自分が僧侶であることは着ていた僧衣でわかったのだが、それ以外のことは何ひとつ知らなかった。
この世界の広がる大きな海も、イシスにあるピラミッドや暑い砂漠の存在も、すべて初めて見たものだった。
だが、仮に自分が今見ているのが過去の記憶に繋がるものだとしたら。
自分ですら知らなかった、覚えていなかった過去の一部分を垣間見ているのだったら。
考えても考えてもわからず、しかしこの状況が自分の糧になるものだと思ったエルファは、覚悟を決めて少女と男性との会話に耳を傾けることにした。





「王女様はとてもお綺麗な方なんですよね。以前遠くからお姿を拝見しただけですが、気品があって見ていてとても気持ちが良くなりました」


「その王女様がエルファ、そなたとぜひとも話をしてみたいとおっしゃったのだ。きっと王女様はそなたとの間に自分と似たようなものを感じたのであろうな」




 ぱたりと足を止めた。
やはりそうなのだ。
今、王女に会いに行こうとしている少女が紛れもないエルファなのだ。
ガルナの塔にリグたちといたエルファが見ている彼女こそ、過去のエルファなのだ。
やっと会えた気がした。
空虚な空間に過ぎなかった過去の一部に、どこかの国に仕えていた僧侶だったという記憶が書き込まれていく。
嬉し涙で霞みがちになる視界になんとか前方を歩く過去の自分を捉え、エルファは今まさに開けられようとしている扉の先を見守った。
大きくて豪華な造りになっている扉が男性の手によって開かれる。
足音を立てずに静かに王と王女の前に進み出る2人。
他人に姿が見えないことがわかっているエルファはこの部屋の雰囲気に気圧されながらも、しっかりと王女の顔を見つめた。
真っ黒な艶やかな髪に大きな瞳の王女は、優しげな微笑を絶やすことなく膝をついているエルファと男性を見つめている。
見ていて心が温かくなるような笑顔だった。






「王女様、これなる娘が神官団に仕えるエルファーランでございます」


「普段はエルファ、と呼ばれているそうですね。素敵な名前です。私もそのようにお呼びしてもよろしいでしょうか」




 そう言うと王女は父王の制止も聞かずに玉座から立ち上がると、ゆっくりとエルファの傍へと行き優しく声をかけた。
堅苦しくならないで、と彼女は言うとエルファをそっと立たせた。
恐縮しながらもおずおずと王女の顔を見るエルファ。
目と目が合って、ばっと顔が紅くなる。





「あの、王女様、その、私でよろしければ、いつでも王女様のお話し相手を務めさせていただきますっ!!」



「私も貴女のような歳の近い女の子とお友だちになりたかったの。お父様に無理にでもお願いしてよかったわ。これから仲良くしてくださいね、エルファ」




 にっこりと微笑む王女にこくこくと頷くエルファ。
その様子を見て王と男性は穏やかな顔をして見つめていた。






「綺麗な王女様・・・。・・・でも・・・、私はいつ塔に戻れるの?」




 目の前の光景を見ているだけなのに、自分の心の中に初めからあったことのようにすんなりと収まっている城での記憶。
空っぽの心にほんの少しだけ注がれた記憶の水は、エルファを優しく包み込んだ。
心地良い揺れはそのまま王女たちの姿をも包み込み、エルファは不意に抗いがたい眠気に襲われた。






『ゆっくりとお休みなさい・・・。神に選ばれし賢者の娘よ・・・』






 どこからか優しい自愛に満ちた女性の声が聞こえたかと思うと、エルファの視界は真っ暗になった。


































 「どこにもいないじゃん、エルファ。」





 リグたちは塔で消えたエルファの行方をひたすら捜していた。
ついでに悟りの書も探していたのだか、こちらも同様にまったく彼らの前に姿を現さなかった。





「でも塔の中にいる事は間違いないと思うの」


「俺もそう思うんだけど・・・」




 バースがそう言った直後、部屋の真ん中に裂かれたような穴のある部屋から光が漏れた。
呪文を放った時のような攻撃的なものでもなく、優しい目に入っても痛くない、暖かい光だった。
その光からは少しだけエルファの魔力の波動が感じられた。





「エルファ? そこにいるのか!?」




 バースはリグたちを顧みることなく部屋へ飛び込んだ。
穴の向こう側には手に巻物のようなものを握ったエルファが倒れている。
彼女の姿を確認した途端、バースは穴をものともせずに対岸へと飛び移った。
ぐったりとしているエルファを抱き起こす。
外傷が見られずにほっとする。





「エルファ、そこにいたっけ。そこさっき調べたはずなんだけどな」


「リグ、ライム、悪いけど塔の入口に集合な。俺はエルファ連れて行くから」


「了解」






 リグたちが去って行ったのを見届けると、バースはエルファの手の中の巻物に目をやった。
これこそ悟りの書だろう。
なぜエルファが持っていたのかはわからなかったが、彼女と自分たちが離れていた間に何かがあったことは明白だった。





「おかえり、賢者様」




 バースはすやすやと眠り続けているエルファを抱きかかえると、静かにリレミトを唱えた。





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