時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    3







 絶体絶命のピンチに颯爽と現れるのが勇者だから大見得を切って単身異空間の外に出てみたが、無理なものは無理だったようだ。
友人に賢者を名乗る青年が一人いるが、同じ賢者とは思えない。
バースが劣っているのか目の前の狂乱の賢者が強すぎるのか、確かなのはプローズとやらは本当に世界を滅ぼしてしまいそうだということだ。
リグはエルファが何重にもかけてくれたスクルトとフバーハの鎧が剥がれるのを感じながら、一歩また一歩とじりじりとプローズとの距離を縮めようとしていた。
世界にはまだ見ぬ人がいて、まだ見ぬ力がある。
生きとし生きるできうる限りのすべての存在を視界に収めたいという好奇心もあり舞い降りたアレフガルドの地は、摩訶不思議な力を持った人々の宝庫だった。
バースも様々な意味で変人だと思っていたが、ラダトーム王国の姫君ローラも白昼夢だの予知夢だのを見てしまう人だった。
バースの親父もさすがは賢者一族、息子に散々蔑まれていても瞬時に姿を変える呪文に長けている。
そしてプローズ、彼はおそらくはアレフガルドで最も変わった男だろう。
人でありながら人を憎み、憎みながらも人を愛し愛してしまったことに悩み、そして、人の死を悼み人を殺そうとする不器用な男だ。
プローズはライムを殺したくて殺したのではないと思う。
そもそも、彼は人を殺せない。
人を殺そうとするほどプローズの心は汚れていない。
むしろ、心に早く蓋をしてしまったおかげで誰よりも真っ白だ。
リグは口を開くと、プローズに向かってなあと叫んだ。





「あんた、俺のこと覚えてるか!? 一度フィルの町であんたにやられそうになった奴!」


「・・・アリアハンの勇者か・・・」


「そう! 俺もあんたほど強い力は出せないけどそれなりに殴りたいことあるんだよ。フィルにオーブ渡したのあんただろ?」


「・・・・・・」


「こんなに逆風吹いてちゃ殴れないんだよ。一瞬でいいからちょっと手加減してくれ」


「愚かな」







 融通の利かない男だ、逆上したのか更に強い魔力を放出し始めやがった。
前進することができなくなりじりじりと後退し、プローズとの距離が遠ざかる。
全身を覆っていたはずの守護の衣は完全に消し飛び、肉体に直に魔力がぶつけられる。
痛い、苦しい。
プローズの負の感情が体を突き抜け、リグの心にぶつかっては砕け散る。
こういう時にこそ母譲りの力を使うべきなのだろうが、いつの日かバースに施された封印が阻み力を出し切れない。
どうやらバースの人に対する執念の深さはプローズの力を上回るようだ。
立っていることすらできなくなり思わず膝をついたリグは、背後から名を叫ばれ首だけ巡らした。





「ごめんバース、やっぱ無理だった」


「ここで諦めたらマジで死ぬぞ、早く戻ってこい!」


「無理だ。だって体、動かねぇもん」


「バース離してっ、このままだとリグが死んじゃう!」


「離せるか! おい聞こえるか馬鹿兄貴、今すぐこの馬鹿馬鹿しいことやめろ!」







 今にも異空間から飛び出しリグの元に向かいそうなエルファの腕をつかんだまま、バースがプローズに絶叫する。
魔王を倒しにはるばるアレフガルドに来てもらったのに、よりにもよって魔王でも魔物でもない身内のしかも人間に殺されるなど洒落にならない。
誰でもいい、勇者でも精霊でもドラゴンでもいい、リグを助けてくれ!
リグと自分の言葉を聞き更に逆上したのか、プローズがのろのろと片手を高く天に掲げ大気中に浮かぶ自身の魔力に似た属性を持つ力を結集させる。
やはり兄は不世出の天才だ、あれを習得していたのか。
あれを受けたらリグや不出来とはいえ別次元にいる自身やエルファどころか、島もろとも跡形もなくアレフガルドから消滅する。
既に多くの魔力を使い果たしているとはいえ、大気中から無限に等しい力を再び集めたプローズから放たれたあれの威力は計り知れない。
悲しかった。
兄が集めた魔力がどす黒い闇の色だったことが辛かった。
遠い記憶の彼方で見た幼かった頃の兄が見せてくれたそれは、緋色のとても綺麗な色をしていたのに。
禍々しい闇色の塊が、力尽き身動きが取れなくなったリグへまっすぐ降り注ぐ。
やめろ、やめてくれ。





「やめろおぉぉぉぉぉぉ!!」







 どおんと魔力が弾ける巨大な音が響き渡り、視界が白黒に明滅する。
死の瞬間は何も見えないらしい。
せめてエルファだけでも守りたかったけど、俺はやっぱ無力だなあ。
白以外何も見えない世界で乾いた笑みを浮かべたバースは、自身の口から洩れた笑い声にはっと我に返った。
死んでいない。
笑い声だけではなくて、誰かが吐いている荒い息も聞こえる。
視界が広い理由はわからないが、生きていることは確かだ。
バースは床ではない固く白い何かを押しのけ、静まり返った塔を見回そうとして目を見開いた。
ライムの隣に佇む青年も、おそらくは似たような表情で同じ場所を見上げている。
嘘だ、信じられない。
信じていなかったし諦めてもいた。
信じていても来ないと思っていたが、いたのか。





「「白銀の、ドラゴン・・・」」




 『もしもあなたたちの身に危険が迫って、お母さんだけの力ではあなたたちを守れなくなっても白銀のドラゴンがきっと2人を守ってくれるわ』
母がかつて出会い、自らもまた母を失った時に初めて出会いそして失望した手負いのドラゴンが苦しげに呻き、床に崩れ落ちた。







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