時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    4







 人の何百倍もある巨大なドラゴンが、崩壊をやめた塔の中央にその身を横たえている。
全身を震わせ吐かれる荒い息は床に散らばる瓦礫をわずかに震わせ、空気を微かに揺らす。
白銀のドラゴンを見たのは今日で2回目だ。
しかし、どちらも酷く傷つきかつて母が話し聞かせてくれたような美しい姿ではなかった。
ここに来るまでに何と戦ったのか、白銀の鱗はところどころ剥がれ落ち血が流れている。
強靭な肉体を持つドラゴンをも手負いにさせるほどの術者がこの世界にはいったい、あとどれだけの数いるのだろう。
バースは放心状態のエルファの手を引き、ゆっくりとドラゴンの前に歩み寄った。
本来魔物であるはずのドラゴンだが、彼からは邪気も殺気も感じられない。
バースはドラゴンが小さく身じろぎした間からちらりと覗いた黒い髪にリグと小さく叫んだ。





「リグ、おい返事しろ!」


「・・・・・・」


「リグ、リグ!」


「・・・返事がない、ただのしかばねの「生きてるんならふざけてないでとっとと出てこい!」


「ったく・・・、ほんとに死んでたらどうすんだよ」






 ドラゴンの固く熱い頑丈な皮膚の間から抜け出したリグが、存外丈夫そうな様子でぐんと背伸びする。
ドラゴンから出てきて改めて大きさに気付いたのか、ドラゴンを見上げうおぅと歓声を上げるリグから視線を外す。
とんだ頑丈勇者だ、プローズの全魔力を解放した破壊呪文マダンテを真正面から受けてもぴんぴんしているとは。
恐るべきネクロゴンドの加護だ、彼は死なないのではないだろうか。
バースはドラゴンに視線を向けたまま、リグに何があったと短く尋ねた。





「何って、あいつに殺されそうになった」


「そうだってのにどうしてぴんぴんしてるのかって訊いてる」


「なんでだろうな。言っとくけど俺自身は何もしてない。何かやりたくてもやり方わかんないから死んだと思った。
 でも、目を閉じる瞬間に白い何かが俺とお前の兄貴の間を遮って、気付いたら俺はドラゴンの中にいた」


「私たちはドラゴンに守ってもらったってこと・・・?」


「そうだと思う。もっとも、守られたのは俺たちだけじゃなくて向こうもっぽいけど」





 リグはそう言うと、ちらりと視線を横に向けた。
先程までの禍々しい恐ろしさが消えうせたプローズが、こちらの視線に気付くこともなく黙ってドラゴンを見上げている。
彼の足元に横たわる周囲の地獄絵図などなかったかのように静かに眠るライムの姿が目に入り、リグはプローズがライムを殺したのではないという確信を強めた。
理性を失い暴走していたプローズだが、それでもライムだけは守っていたのだ。
己の身を激しく損傷しながらも人間たちを守ってくれたドラゴンのように。
リグは小さく息を吐くと、荒い息を吐き続けるドラゴンにそっと触れ語りかけた。





「ありがとな、お前のおかげで俺たちはみんな救われた。でも、俺らはお前を助けてやれるのかな」


「魔物に俺たちの回復呪文は逆効果だ、何もしてやれない」


「ドラゴンはどうしてここに来たんだろ? バースは心当たりある?」


「・・・昔も一度ここで会った。俺がまだ小さい頃、ルビス様を見舞いにあいつと母さんとでよくここに来てたんだ。
 でもあの日向かった先にはゾーマがいた。精霊の住まう神聖なる塔に魔物の親玉が直々にだ」


「お前ら、ゾーマに会ったことあったのか・・・?」


「ゾーマはたぶん俺らに会いに、つーか殺しに来たんだよ。俺らはまだ小さかったから魔力はあっても使い方はわかってなくて、何もできない俺らを庇って母さんはここで死んだ」


「・・・・・・」


「あまりにもあっけなくて、正直母さんが死んだ瞬間はよく思い出せない。俺はずっと泣いてた気がする。・・・でもあいつは違った。
 あいつは昔からああだ、母さんが殺されて切れて、気付けば今と同じようになってた。信じられるか? まだ5つ6つの子どもが魔王以外のそこにいた奴らを全部消し炭にしたんだぜ?
 そりゃ魔王だって殺したがるさ、こんな化け物」






 ゾーマの攻撃を受け、血の海の中に倒れた母に泣きながら駆け寄ったのは2人一緒だった。
逃げて、生きなさいと残し力尽きた母に泣き声を増したのも兄弟同じだったと思う。
守ってくれる人がいなくなり、ただただひたすら怖かった。
兄と2人でゾーマの前に取り残されたことが不安で怖くて、涙が止まらなかった。
母がいつも話してくれていた白銀のドラゴンも迎えに来てくれず、未来が見えないことに恐れていた。
しかし怖い怖い、助けてと泣きじゃくったことがよほどうるさかったのかプローズは違った。
一緒に泣いていたはずなのに、気付けば泣いていたのは自分1人になっていた。
聞き取れなかったが何か小さく囁きゆらりと立ち上がったプローズからは尋常でない魔力を感じ、それもまた怖かった。
大切なものを奪うものなんかみんななくなってしまえばいい。
それだけはっきりと聞き取れる声でプローズが口にした直後、2人の幼い子供を喰らうのを今か今かと待ちかねていた魔物たちが一斉に砕け散っていったことは、
バースの脳裏に母の死よりも深く鮮烈に刻み込まれていた。





「だから今日のこれは初めてじゃあない。で、あの時も俺とあいつが追い詰められてやられるって時にドラゴンが舞い降りたんだ」




 あの日のドラゴンがその後どこへ行ったのかはわからない。
笑いながら帰る魔王を見届けた後2人とも力尽きて倒れ、目覚めた時には実家で手厚く看病されていたからだ。
家の者たちにドラゴンのことを訊いても知る者は誰もおらず、力尽きる間際で見えた幻覚とすら思った。
どこからともなく現れ、そして消えたドラゴン。
お前は何なんだ。
バースは小さく呟くと、ドラゴンがわずかに首を動かす。
ゆっくりと目が開かれ水色の瞳がバースと、そして遠くで佇むプローズへと動く。
あれ、この色どこかで見たことある気がする。
バースとよく似た目の色だね、綺麗。
エルファがそう口にしてバースを顧みた直後、ドラゴンの体が白い光に包まれる。
光に照らされるドラゴンの肉体がどんどんしぼみ、人の形へと姿を変える。
嘘だろと驚きの声を上げるリグと同じことを考えていようと、信じたくない。
光が消え床に横たわる傷だらけの男の正体を認めたくない。
あんな男が使えるものではないし、そもそもあれはとうの昔に失われた呪文だとばかり思っていた。
バースは光の中から現れた男を見下ろし、親父と声をかけた。







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