時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    5







 力がないことは幼い頃から知っていた。
賢者一族の直系として生まれながら大した魔力を持たなかったことを周囲の人々に嘆かれ、嘲笑されていたことも知っていた。
力をつけようと努力しても、初めから魔力を溜め込む器が小さかったようで成長しなかった。
出来損ないの賢者、名ばかりの賢者。
何を言われても反論できようはずもなく、ずっと陰口を叩かれ続けながら生きてきた。
針の筵に居続けるのが嫌で逃げ出したくなった時、モシャスは非常に役に立った。
攻撃することも癒すこともできない、ただ姿を変えるだけの力しかないモシャスが唯一まともに使いこなせる呪文だった。
一目見ただけですぐさま相手を真似ることができるこれは、自身ができそこないの賢者であることを束の間忘れさせてくれる安息の時を与えてくれた。
モシャスだけ使えるのはきっと、将来いつ一族から資格不適格として追放されても姿を変えアレフガルドで生きることができるようにとのルビスの慈悲に違いない。
自分以外誰一人として使うことができず、また使う必要もなかったとされていたモシャスの使い手ミモスは、自身を周囲の誰よりも低く冷ややかに評価していた。
だから驚いたのだ。
『出来損ないのミモス』が、あの失われた幻の古代呪文の術者だったことに。



























 ドラゴンが人に化けたわけではなさそうだ。
リグは立ち尽くすバースの横に立ちかつてドラゴンだったそれを見下ろすと、ああと声を上げた。
彼には見覚えがあるし、この呪文が放つ波動にもやや覚えがある。
もっともあの時は本当にわずかな力だったが、今のそれは強大だ。
すごい親父さんだな。
そうぼそりとリグが呟くと、エルファが弾かれたように男に駆け寄り回復呪文を施し始めた。





「お父さん、今すぐ治しますから!」


「・・・いや・・・、この傷は君の力でも治らない・・・」


「そんなことないです! 私元は僧侶で回復呪文には自信があるんです、だから!」


「「無駄だよ」」






 懸命にベホマを唱えるエルファの肩に手を置いたバースと、エルファを冷ややかに見つめていたプローズが同時に声を上げる。
バースはエルファの手を取ると、知らなかったよと零した。




「もうとっくに廃れてたと思ってたのに、まさかこんな奴が使えたなんて」


「廃れてた? 何のこと?」


「究極の変身呪文ドラゴラム。人でありながら竜に姿を変えることができる、遥か昔に存在し今は消えたとされていた呪文なんだ」


「超すごいな、モシャスみたいだ」


「モシャスはできるけどモシャス止まりだろうと思ってたし、そうでなくてもこの世にはもう術者が現れない失われた伝説としか考えてなかった。
 仮に使える奴がいたとしてもそれは親父じゃなくて、あいつだと思ってた」


「・・・・・・使えるものならば唱えていた・・・。唱えていれば、ライムは・・・・・・」

「やめろ、もう何も言うな!」





 ドラゴラムは人を人でなくする、莫大な力を要する呪文と言われる。
ゆえにいかに他の人間たちよりも多くの魔力を有するとされる賢者一族の中でも使い手はわずかしかおらず、竜の姿になってでも主であるルビスを守る必要もなくなったため
消滅したと長く考えられてきた。
魔力があっても、ドラゴラムという呪文は使い手を選ぶとされる。
真に守りたいという強い思いを胎内に宿る竜に喩えられる強い心が応え、術者に力を貸し与える。
語り継がれる伝説の中でドラゴラムを操ることができたのはルビスの傍に仕え続けた初代守護賢者マイラヴェルを始め、古き世に生きたわずか2,3人だ。
せっかく父が命と体を張り愚息の暴走を止めたのだ。
父よりも遥かに強大な力を持つプローズがまた暴れ始めたら、今度こそアレフガルドは消えてしまう。
バースはライムの傍らから決して離れようとしないプローズに大股で歩み寄り胸倉をつかむと、よく見ろよと吐き捨てた。





「見ろよこれ、全部てめぇがやったんだよ! あの時だってそうだった、ドラゴンは、竜は来てたんだ。
 来て俺らを助けようとしたドラゴン、いや、親父もろともてめぇはてめぇの力で傷つけ遠ざけた!」


「バース、お前もちょっと落ち着け黙っとけ」

「外野は黙ってろ! ・・・なあ、覚えてるだろ、俺が過去を見れるって。てめぇとライムのことなんてすぐに追いかけられる、てめぇがライムを殺す気がなかったこともすぐにばれる。
 何がしたいんだよ。誰も見えない未来が見える消えたがりの賢者は、何を見てこんなことやってんだよ!」


「遠い未来じゃない近い未来を、今に僕は絶望した。誰が来ても何が来ても結局運命は変えられなかった。それは、今を生きる者たちが愚かだからだ」


「てめぇ・・・!」





 一番変わっていないのはプローズだ。
本当に愚かなのはプローズだ。
バースは再び魔力を放出し始めたプローズにやめろと叫ぶと、彼の力を押さえるべくマホトラを唱え始めた。
認めたくないがあれとは兄弟で、体内に流れる血も魔力も似ている。
エルファの魔力は糧とならないが、プローズのそれは大きな力となる。
プローズの魔力を取り込もうとするが、既にほとんどの魔力を使い果たしていた体は莫大な量の魔力を急に受け付けることができず、全身を襲う痛みと気怠さに耐えられず膝をつく。
先程は父の登場で衝動的に体が動いたが、やはり蓄積されていた疲労には勝てない。
抑えを再び失ったプローズの周囲で魔力の嵐が起き始めるが、リグとエルファにも彼を止める術はない。
怖い、助けて、やめて、お願い。
エルファの泣き声が在りし日の愛しい人の声のように聞こえ、ミモスはゆっくりと目を開けた。




「・・・私には、世界を守れる力はない・・・。しかし、大切な人が守りたかったものを守れて死ねるのであれば、私は喜んでこの身を捧げよう」


「お父さん・・・? やめて、そんなことしたら本当にもう・・・!」





 既に力尽きていたはずのミモスがエルファの手を借りながらよろよろと立ち上がり、プローズに向かって手を伸ばす。
息子に敵わないことは、彼を授かった時から知っている。
それでも守りたいのだ。
魔王に目をつけられたばかりに家を捨て家族を捨て、大切な人をも失うしかなかった哀れで愚かな息子なのだ。
ドラゴンという人にとっては異形でしかない姿を宿すこの身や境遇のすべてを受け入れ、愛してくれた最愛の妻アリシアが最期の瞬間まで守りきった可愛い子どもたちを
次に守るのはこの自分だ。
マイラヴェルは自らの生まれ変わりを息子に、そして出来損ないのミモスには愛する人々を守るための力を我が身に遺してくれた。
ルビスに仕える前に自分は、出来損ないのミモスはプローズとバース2人の息子の父なのだ。






「・・・身に宿りし竜の魂よ、今こそ我が命によりその姿を現せ。求むは力、捧ぐは我が身。・・・力を、息子を守る力を、ドラゴラ」





 きゃあああああと甲高いエルファの悲鳴が聞こえ、床に夥しい量の血が流れる。
口元を押さえた手が血にまみれ、呪文の不発を知る。
やはり、力を持たないこの身にはドラゴラムは一度きりしか使えなかったようだ。
生温い血の海の倒れ、荒い息の中ぼんやりと視界に入るプローズの名を微かな声で呼ぶ。
プローズを止めようと懸命に立ち上がろうとしているバースの名を呼ぶ。
いい息子を2人も持った。
この先も2人をずっと見守っていきたいが、残念だが妻がこちらを呼んでいる。
悔しい。
できることならば、最期に2人を思いきり抱いてやりたかった。





「やだっ、いやっ、お父さん、お父さん!」


「・・・不思議なものだな・・・、君からは、ルビスの温もりを感じる・・・」


「もう喋らないで下さい・・・」


「・・・そうか、君、か・・・。息子に賢者の禁忌を詰め込まれたのは・・・。・・・あれは精霊から与えられた力、君も、ルビスの愛し子だ・・・」






 エルファの腕の中で柔らかく微笑んだミモスがすうっと目を閉じる。
冷えゆく体と血の海に、ネクロゴンドを思い出す。
あの時はバースに様々なものと引き換えに助けてもらった。
今も、様々なものを失いはしたがまだ救える命がある。
どんな命でも失われてはならない、かけがえのない大切なものだ。
いつから落ちていたのか、血の海にぽつんと転がっている笛を見つけたエルファはそれを手繰り寄せるとじっと見つめた。
ドムドーラからバースの実家へ帰って来た時、バースはしきりに笛を探していた。
精霊の元へ行くとバースは言っていたが、それが本当であれば、この笛を吹けば精霊に会えるのかもしれない。
エルファが信じるのは精霊ルビスではなく、元の世界の神だ。
しかし、たとえ一滴でもルビスの力が体に残され、ルビスの愛し子の端くれと認められるのであれば一瞬でいい。
少しだけでいいから、ほんの数分でもいいから願いを叶えてほしい。
本物の愛し子たちに、あなたの祝福を授けてほしい。
エルファがそっと笛に唇を押し当てる。
温かな柔らかな音色が部屋を包み込んだ。







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