時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    6







 美しい人間だった。
銀の髪に澄み切った空の色の瞳を持った、涼しげな笑い方が印象的な美しい青年。
精霊として時に荒ぶる力を見せるこちらに臆することもなくただ、『僕はとこしえにあなたのものです』と言い切った、とても強く不思議な男。
かつて見守ってきた人間たちとは比べ物にならない高い魔力を持ち、あなたのためならばと自らの姿を竜に変えてまで仕え尽くしてくれた忘れがたき人。
彼が人でなかったらと何度思っただろうか。
人としての短く儚い一生を終えようとしていた彼には、共に神の国へ行こうと何度も誘った。 しかし彼は最期の瞬間まで首を縦に振ることはなく、天へ昇っていった。
愛してしまったのだと思う。
命儚い弱き人間を見守っていたが、彼だけはそのような目では見ていなかったように思える。
過ごした時間は精霊の時間で考えると本当にわずかなものだったが、間違いなく彼を愛していた。
遥か昔、精霊としての大いなる力を得る際に契りを交わした相手とは何もかも違う人間の男に特別な感情を抱いてしまったのだと思う。
彼は聡明で大人びていたから、きっとこちらの想いにも気付いていたのだろう。
彼は死ぬ直前まで忠実な精霊の愛し子だった。
愛し『子』で在り続けた。



 時は流れ、様々な人物が彼の座に就いてきた。
彼らも良く尽くしてくれたが皆、彼にはなりえなかった。
しかし傍らで守り続けてくれた愛し子たちの力が弱まり自らもまた力衰えゾーマの力に押され封印され、愛する大地アレフガルドが終焉を迎えようとしている中についに彼は現れた。
ずっとこの日を待っていた。
ルビスの愛し子の魔力とは少し違う力を持つ娘の笛の音に、闇の中でゆっくりと目を開ける。
時を越える力を受けた娘が奏でたから、遠く懐かしい記憶が蘇ったのだろうか。
それとも、やはり彼がいるからだろうか。
『私の肉体が滅びようと、私の魂はとこしえにあなたのものだ』。
覚えている、忘れようはずがない。
ルビスは闇の殻を破ると、目の前に転がる愛し子たちを見下ろしかぶりを振った。





「・・・わたしは、とても、悲しい」






 強い力を持っているのは、それだけの力を周囲から受け入れることができる器が人よりも大きいからだ。
器が大きい者はいつの世も闇の力に引き寄せられる。
この青年は彼と同じだ。
ルビスは自身を復活させた娘へと視線を動かした。





「あなたが精霊ルビス・・・?」


「わたしを目覚めさせたのはあなたですね。あなたからはわずかですが時の力を感じます。おそらくは、この者たちから術を受けたのでしょう」


「は、はいっ、私はバースから・・・! お願いですルビス様、バースを、お父さんを、バースたちを助けて下さい!」


「ここで何が起こったのかはずっと見ていました。今日のことも、今日よりも少し前のこともすべて。どちらもとても痛ましいことでした」


「だったら! だったらこれからもっと悲しいことが起こらないようにするためにもルビス様のお力を貸して下さい! 私の回復呪文じゃ誰も、愛する人の傷すら癒せない・・・」


「愛する人、ですか・・・。そこなる者よ、わたしがわかりますか?」






 音もなく歩を進めたルビスが愛し子たちの中では最も意識の安定しているプローズの前に膝をつき、そっと顔を覗き込む。
やはりいくらか闇に侵されてはいるが、それでも彼は紛れもなく愛する人の血を引く人間だ。
ルビスの問いかけに、プローズは集めていた魔力を再び宙へ散らし顔を上げた。
ルビス、我ら一族が守り守られし至高の存在、アレフガルドの母か。
プローズはわずかに目を伏せると、もちろんと小さく答えた。





「この世界であなたの存在を知らぬ者はおりますまい」


「ええ、そうでしょう。・・・あなたは、マイラヴェルですね?」


「・・・・・・」


「わたしにはわかります。あなたはマイラヴェル、わたしの「ルビスよ、その者が生きし時は遥か昔。僕はプローズ、愛し子であることを拒んだ不孝者」


「・・・今はプローズと言うのですね・・・」


「ルビスよ、あなたが今話しているのは偉大なる初代守護賢者マイラヴェルではなく、魔王ゾーマのしもべとなった誅すべき反逆者。
 御身を守るのは僕ではない。・・・そもそも、僕は人を守ることができない」






 今はルビスよりもライムの方が大切だと思ってしまう自分には、間違いなく守護賢者一族を名乗る資格はない。
プローズはルビス復活のおかげかやや動けるようになった体でライムを抱きかかえると、爆発の余波でライムの顔を覆っていた彼女の緋色の髪をそっと払い除けた。
本当は愚弟の仲間たちに返してやるべきなのだろうが、手放してしまうのが怖い。
死んでも綺麗だな。
不意に背後に影が現れ、プローズは影の主を顧みた。





「もともと色白だったからわかんないや、まだ生きてるみたいだ」


「・・・僕を責めないのか・・・?」


「見ろよ周り。まあお前がぶっ壊したんだけど、生きてる俺らですらボロボロの中ライムだけは綺麗なまんま眠ってんだよ。これって、お前がずっとライム守ってやってたからだろ」


「守ってなどいない! 彼女は、ライムは死んだ。僕が殺した、僕が彼女の名前を呼んでしまったから隙が生まれて、そして彼女は!」


「でもここに来てくれた。死神詩人に呪い殺されようとしてたライムを助けようとした。お前がライムを殺したってんなら俺らの方がもっと悪い。
 ライムをバシルーラさせちゃったのがそもそもの発端だしこう見えて俺もやばかったらしいぜ、ライムがいなくなった時お前の実家の辺りの森ごっそり焦げ抉っちゃってさ」






 悲しいのはみんな同じなんだから、1人で背負い込むなよ。
ライムを見下ろしたままぽつりと呟かれた言葉にプローズは思わずリグの顔を見つめた。
勇者の顔からは何の感情も読み取れない。
怒っているだろうしもちろん悲しんでもいるのだろうが、それら感情が顔に出てきていない。
1人で背負い抱え込んでいるのはリグの方だ。
リグの顔を見ているのが苦しくなりプローズは目を閉じた。
目を閉じれば、短くはあったがライムとの様々な思い出が蘇ってくる。
ライムはおそらくオリビアの岬で相対した時から、自分がバースにとって何に当たるのか気付いていたのだろう。
バラモスとの戦いに介入したのが自分だったこともきっと知っていた。
姿を変えガライと共に旅をしていた時も、ひょっとしたら気付いてはいたが気付かないように言い聞かせていたのかもしれない。
忘れかけていた人の温もりを思い出させ、遠い昔に失った母の優しさを感じさせてくれた大切な人。
プローズの目尻から一筋の涙が流れた。
ライムを殺され最期の言葉を交わした時以来、ようやくまともに再び涙を流せた。
まだ涙を流すことができた。
プローズの涙に気付いたリグが、懐から布を取り出しプローズに差し出す。
薄汚れていたそれをプローズが受け取ることはなかったが、リグはプローズが思いは受け取ってくれたと感じた。
願うことならば、絶対に叶わないとはわかっているが願わずにはいられない。
ライムが再び笑う日の到来を願ってやまない。
リグはルビスをじっと仰ぎ見た。





「あんたが守れるのは愛し子たちらしいな。こいつ、バースと親父さんはまだ間に合うだろう、動けるようにしてやってくれないかな」


「あなたは・・・?」


「俺はリグ、ギアガの大穴から落ちてこことは違う世界からアレフガルドに降ってきた。
 ライムもエルファもそっちの世界でバースと会って、バラモス倒して今度はゾーマを倒すために旅してる」


「不死鳥、ラーミアを知っていますか?」


「ああ、いろいろあちこち連れてってもらってた」


「だからでしょうか・・・。この娘からは強くラーミアの力を感じます。ラーミアは不死鳥。不死鳥の加護の翼は、今も娘を包んでいます」


「ラーミア、ライムに一番懐いてどこ行くにもライムと一緒だったもんな・・・」


「・・・あの、もしかしてライムはまだ助かるかもしれないということでしょうか・・・? ルビス様、ザオラルも効かないライムはいったいどうしたら目覚めてくれるんですか?」


「生死は人の力で操れるものではありません。死者の魂を呼び戻す世界樹という天界の植物があります。
 その力をもってすれば、未だ天に還ってはいない娘の魂は再び肉体に宿るかもしれません」






 ラーミアとも別れたきりだったが、彼女もまた再び目覚めの時を迎えていたらしい。
ラーミアが背に乗せるのは心正しき者たちだけだ。
ラーミアは今も元気で少しだけお茶目な子なのだろうか。
会って抱き寄せてやりたいが、世界が閉ざされた今叶う夢ではない。
この娘のことは何も知らないが、魂が失われた肉体からは強くラーミアを感じた。
ラーミアがこれほどまでに人に懐くとは珍しい。
マイラヴェルの子孫でも時の力を受けたわけでもないこの娘は、きっとラーミアをとても可愛がってくれていたのだと思う。
そしてラーミアもまた、本当の主の代わりかそれ以上に慈しんでくれた彼女を深く愛したのだと思う。
目には見えない不死鳥の加護の翼がそのなによりの証だ。
聡いラーミアは彼女の身に起こる危険を察知していたのかもしれないが、危険に見舞われる彼女をおそらくはラーミア自身も気付いていないうちに守ろうとしていたに違いない。
様々な人に守られ、そして愛されている素晴らしい娘だと思う。
彼女ならば、回り道と茨道ばかりを歩む当代のマイラヴェルをきっと変えることができる。
現に、彼は既に変わりつつある。
目覚めたばかりの頃には理性を失い悪鬼にも見えたプローズは、今はただの人間にしか見えない。
ルビスは未だ息の荒い愛し子2人の額にそれぞれ手を翳すと、ゆっくりと口を開いた。





「わたしは精霊ルビス、アレフガルドを創りし大地の母。わたしの愛する子供たち、そして勇者に祝福あれ!」


「・・・った、あったこれだよなエルファ、世界樹の葉!」

「それだよ! でもどうやって使うんだろう、あっ・・・」





 バラモスとの戦いに赴く前にラーミアから渡された一枚の葉をリグが袋の底から引っ張り出す。
いつも嫌々食べさせられる薬草とは葉の形も臭いも違うので、これが世界樹の葉だと思いたい。
リグの手から、葉が風に浚われたわけでもないのに宙に浮ききらきらと光り始める。
粉末になっちゃうのか、それでちゃんとライムの体に入るのか。
葉から放たれた柔らかな光が、ライムのおまけとばかりに3人の賢者親子をも包みこんだ。







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