時と翼と英雄たち


精霊ルビスと愛し子たち    7







 何もない、夢の欠片すら見えることがなかった。
眠っていたわけではなさそうだが、目を開けられるとわかり目覚めた世界は夜なのに明るかった。
何が起こったのか、いつの間にか天井にぽっかりと空いた穴から覗く空には星の瞬きがひとつとしてないが、それでも世界が明るく見えた。
私は今まで何をしていたのだろうか。
ライムはゆっくり首を動かすと、視界にちらりと入った銀髪の青年にああと小さく声を漏らした。





「良かった・・・」


「ライム・・・?」





 まるで喉が長い間干乾びていたかのような痛みを覚え、ようやく絞り出した声は言葉になっていたか定かではない。
体も石のように固く、人形になっていた気分だ。
そうだ、戦いはどうなったのだろう。
ガライに呼び出された大魔神たちに襲われ、戦っているとプローズが駆けつけてくれた。
プローズが助けに来てくれたと安堵したのがまずかったのか酷い傷を作り、そして――――。





「私、もしかして」






 死んでいたのだろうか。
死んでしまって、けれどもどうしてだか再びこの世に舞い戻ってきたのだろうか。
死んでいたから死んでいた間のことは当然無の状態で、死後硬直を始めていたから体が重く固かったのだろうか。
どうして私はここでまだ生きているのだろう。
あの時プローズの泣き顔を見たのが景色の最期だったはずなのに、どうして死んだままでなかったのだろう。
死ぬはずなのに死ねなかった自分という存在が急に怖くなる。
自分が人でなくなったような気がして吐きそうになる。
私は何なの。
そう呟いた直後、ぎゅうと柔らかな温もりに包まれライムはゆっくりと目を開けた。





「良かった、本当に、良かった・・・。私っ、もう、ライムに会えないんじゃないかって怖くて、怖くて・・・っ」


「エルファ・・・。ごめんなさい、心配させちゃって。でも私も何が何だかわからなくて」


「ううん、私の方こそライムをひとりきりにさせちゃってごめんなさい! ルビス様とラーミアがライムを助けてくれたの」


「ラーミア・・・? あの子が私を・・・?」


「そう、ラーミアの不死鳥の加護と、持ってきてくれた世界樹の葉がライムを再びこ「エルファ、やめとけ」あっ、うん・・・」






 埃で汚れた頬を上気させながら話し続けるエルファの言葉をリグが遮る。
リグはエルファの隣にしゃがみ込むと、ライムにようと声をかけ小さく笑みを浮かべた。





「こんなにライムと離れた生活送ってたの生まれて初めてだったよ。寂しいのなんのって」


「ふふ・・・。ずっと一緒にいたものね、私とリグと、それからフィルと」


「そう、俺たち3人いつも一緒だった。旅を始めてフィルといられなくなってもライムはいつも俺どころかバースとエルファの面倒まで見てくれて、ライムいないと駄目になるようになってたよ」


「もう、子どもじゃないんだから・・・。でもありがとう、私のことそうまで思ってくれて」


「俺だけじゃない、みんなそうさ。俺だけじゃなくてエルファもそこに転がってるアホ賢者も、それから、もう1人のアホ賢者も」






 エルファに支えられながらゆっくりと体を起こし、視線を向けた先にいる青年をもう一度見つめる。
彫像のように動かない彼からは何の表情も読み取れない。
床に転がっているバースや見知らぬ銀髪の男のように怪我を負っていない様子には安堵できるが、まだ油断はできない。
ライムは固まったままの体を解すべく、のろのろと立ち上がり歩き始めた。
一歩、また一歩とプローズに近付いていくがプローズはこちらに近付こうとしない。
あと少し、もう少しで彼に会える。
言葉の続きを言える。
重い鉛のような足は思った以上に限界が早く、あと3歩というところで体が前に傾ぐ。
慌てて駆け寄ろうとしたリグやエルファよりも先に延ばされたリグよりも細い腕に、ライムはふふと小さく笑った。





「・・・何が、おかしい?」


「おかしいわ。だって・・・、私はまたあなたに助けてもらえたんだもの」


「僕は助けてなどいない! ・・・ライム、あなたをこんな目に遭わせたのは僕だ。僕を憎むがいい、罵るがいい。あなたにはそうする権利がある」


「・・・何を言っても、何をしてもいいってこと?」


「ああそうだ。僕はあなたには逆らえないしそうするつもりもない。あなたのすべてを受け入れる覚悟はとうにできている」


「そう。・・・じゃあ」






 未だ温もりが完全に戻っていないひんやりとしたライムの白い腕がゆっくりとプローズへ伸ばされ、頬に剣ダコのできた指が触れる。
ありがとう、やっとあなたに会えたわ。
およそ聞くことが一生ないと思っていた感謝の言葉に、プローズの目が大きく見開かれる。
再び聞くことができるとは思っていなかった大切な人の声に瞳が潤む。
ライムはプローズの目を覗き込むと、何を言ってもいいんでしょうと問いかけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。





「プローズってば本当にかくれんぼが上手なんだもの。本当はもっとずっと前にお礼を言っておくべきだったのに、遅くなってしまってごめんなさい」


「・・・・・・」


「オリビアの岬で会った時から、あなたがバースの家族だってことはなんとなく気付いていたわ。あの時あなたがエルファやハイドルを傷つけようとしたことは許されないわ。
 でも、あなたは人を傷つけるだけじゃなくて守る力も持っているわ」


「僕は・・・僕は、ライムを傷つけて、父を、バースを、勇者を殺そうとしたのにどうしてそうも優しいことが言える?
 ラーミアの予言は当たった、僕が未来を読みどんなに回避させようとしても僕が生きていたからライムは傷ついた。
 僕は人を守ることなんかできない! ライムは優しすぎる、だから傷つけられやすい」


「じゃあ訊くけど、どうして塔はこんなに酷い有様なの? 少なくとも私の意識があった時はまだこんなに荒れてはいなかった。
 バースやリグにはここまで破壊する力はないわ、エルファにももちろん。魔物がいなくて人間だけが残り、そして精霊まで復活している。
 まともに立っているのはプローズだけで、意識がなかった私はなぜだかリグたちよりも綺麗。それはもしかしなくても、プローズが私を守ってくれていたからじゃない?」






 家族に対して不器用なのは兄弟同じらしい。
やはりこの兄弟はよく似ている。
ライムはプローズから離れると、精霊ルビスへと向き直った。
霊感も魔力も持たない身でも肉眼で認めることができるほど、ルビスの力は偉大なものなのだろう。
ルビスは臆することなくこちらを見つめてくる蘇りし人間を見つめ返した。
闇へ突き進んでいたプローズの歩みを止めさせた、運命を変える佳人。
定められた道を変えさせる大いなる要素を持つ彼女は、かつてこの地で果てた2人の若い賢者の母親に雰囲気がよく似ている。
柔らかく温かな優しさと強さが、悲しくはあるが現世のマイラヴェルに決意を抱かせた。
悲しんではいけないのだと思う、喜ぶべきなのだと思う。
たとえ彼が胸に秘めた思いが、再びこの世から自らを消すことであろうと。
決意を促し勇気を与える彼女は、神の力を使ってでも生き永らえさせるに値する者だ。
私の愛する子どもたちは、マイラヴェルは、確かな人を愛している。
それが嬉しくて少しだけ寂しくて、ルビスはライムを羨ましく思った。





「人は、わたしたちには得られぬ力を持っているのですね」


「え?」


「わたしの名はルビス、アレフガルドを生み人の子らを愛する大地の精霊。ライムよ、そなたが目覚めたのはこの者たちの祈りを天が届けて下さったからです。
 そなたと、仲間たちの願いや思いをわたしは常に見ています」


「はい」


「バースやミモスもじきに目覚めましょう。わたしはルビス、わたしを守り愛してくれる愛し子たちを、これ以上は決して失わせない」





 世界樹の力があれば、今は魔力を使い果たし昏倒している彼らもすぐに復帰する。
この塔での惨劇は今日で終わりにするのだ。
闇の呪縛から解放されたこちらには、もうゾーマの力は通用しない。
ルビスはぴくりとも動かないバースをつつき続けているリグの前に手を差し出した。
不死鳥の加護はライムと呼ばれる娘に。
賢者の守護は歪んだ時を生きる娘に。
そして、精霊の祈りは後の勇者に。
どんなに仲間が傷つき倒れても取り乱すことなく淡々と状況を受け入れている肝の据わったリグには、勇者の孤独と戦う道標が必要だ。
彼にはきっとこれから先も様々な苦難が待ち受けているだろう。
しかし、ラーミアが選びバースが望み希望を託したのは彼なのだ。
ルビスは愛する者たちの選択を信じていた。
彼ならば、彼らならばアレフガルドに再び光をもたらしてくれる。
ルビスは未だ晴れることのない天を仰ぐと、すうと消えた。







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