時と翼と英雄たち


ラダトーム    2







 ネクロゴンド城の近くに、異世界へと繋がる時空の歪みがあるとは今日の今日まで知らなかった。
エルファは大地にぽっかりと開いた穴を見下ろし、バースへと顔を向けた。
地の底がまったく見えない。
真っ暗で冷たく、飲み込まれてしまいそうな抗いがたい闇の力を感じる。
バースは穴を見下ろしたまま、ここはと呟いた。





「穴、でかくなった」


「前はもっと小さかったの?」


「うん。前来た時・・・、雷の杖取りに行ってこっち戻った時はこんなに裂けてなかった。ゾーマの力がこっちを侵食してるみたいだ」


「この間、アリアハン城でゾーマが現れたのもそのせいなのかな」


「だと思う。あれは精神体で実物じゃなかったけど、そういうことできるのもこの穴がアレフガルドと繋がってるからだ」


「じゃあ手っ取り早い話、この穴塞げばゾーマは俺たちの世界には手を出せないってことか」


「これは旅の扉のどでかいやつみたいなもん。人の力でどうこうできる代物じゃない」







 できるのならば、とうの昔に塞いでいた。
結束力には欠けているがかき集めればまだなんとか権威を保っていられる、一族の力を持ってして封じ込めていた。
しかし、人間が時空間を扱うことはとても難しい。
バースは、自身が時間と空間を操る才能に乏しいことを嫌というほどに身をもって知っていた。
当代で最も優れた、一族の時代を継ぐに相応しい力を備えているのが誰であるかも知っていた。
そして、その人物は決して一族に力を貸さないということも充分に承知していた。
あれはもう、我らが賢者一族の者ではない。
魔王に魂を打った人非人に他ならない。
バースは無意識のうちに唇を噛んだ。






「まあ、ここで見物してても始まんないことだし行くか、ラーミア」


『あの、そのことなんですが・・・』


「なんだよ、急に改まって。暗いの怖いならバースがメラミで明かり取りするって」


『いえ、そうではなくて。・・・私はアレフガルドへは行けません、ここでお別れです』


「精霊ルビスに会いたくないの? ラーミア、ずっと会いたがってたじゃない」


『もちろんお会いしたいです。でも、アレフガルドは闇の世界。私は生きていけません』


「ラーミアは不浄の生き物、天界の鳥だ。アレフガルドの闇と負の力はラーミアにはきつすぎるんだよ」


『マイラヴェルの言うとおりです。本当にすみません・・・、私もずっとリグたちを乗せたかったのに・・・』






 ラーミアは寂しげに鳴くと、しゅんと項垂れた。
落ち込んでいるラーミアを見かねたライムが、ラーミアの体を優しく撫でてやる。
一緒に行きたかったが、行けないのならば仕方がない。
ラーミアは自らが行けないとわかっていたから、あのような忠告をしてきたのだと思う。
本当に優しい子だ。





「じゃあラーミア、俺らいないからって羽目外すなよ。そうだな、あの巫女さんとこにいたらいい」


『わかりました。本当に気をつけて皆さん、ルビス様をよろしくお願いします』






 ラーミアに背を向けると、リグたちは穴の前に一列に並んだ。
アレフガルドに無事に着地できるか自信がない。
今まで数々の落とし穴に身を投げてきたが、ギアガの大穴と呼ばれるここほど深い穴に飛び込んだことはなかった。
ラーミアに乗ってアレフガルドに降りるとばかり思っていたから、着地の練習など一度だってやったことがない。
リグは大きく深呼吸すると、ライムたちの顔を順に見つめた。





「・・・なあ」


「どうしたの、リグ」


「手、繋いで飛ばないか・・・?」


「リグ・・・、怖いの? 勇者なのに怖がりなの?」


「実はそうなんだエルファ。当代勇者は旅を始めてからずっと頼もしい仲間と一緒にいたから、1人で穴に落っこちるのも怖いんだよ」






 きょとんとした表情でこちらを凝視してくるエルファの視線に晒されるのが恥ずかしくなり、リグは口に出して言ったことを後悔した。
怖いのは誰だって同じだというのに、何を弱気になっていたのだろう。
エルファも言うように自分は勇者なのだから、弱音を吐いてはいけないのだ。
ああ、そうだってのに俺ってほんとにこいつらに依存しすぎじゃん。
ぶんぶんと頭を横に振ったリグは、自棄になり穴へと一歩足を踏み出した。
踏み出すと同時にぎゅっと両手を握られ、驚いて顔を上げるとライムたちがにこにこと笑っている。






「え・・・っ」


「大変よく言えました」


「スーパー賢者がサポートして攻撃参加しないと正直苦しいもんな、リグの戦い」


「恥ずかしいからって途中で手、外しちゃ駄目だよリグ」


「ライム、エルファ、バース・・・・・・。バギクロスでサポートしてもらわないと、このスピードじゃ俺たちの体地面に激突して木っ端微塵」


「大丈夫だよリグ。私とバース、何のために端っこにいて片手空けてると思ってるの?」


「大事な戦力を粉々にしてたまるか。ほんとにありがとなーーーーーーー!!」








 待ち受けているのは地獄か修羅か、それとも。
身を引きちぎられるのではないかというスピードで落下していたリグたちが、緑溢れる地上から消えた。







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