時と翼と英雄たち


ラダトーム    3







 太陽の光は、普段は浴び続けているからその恩恵に気付くことは少ない。
なくなってから初めて、光のあたたかさとありがたみを思い知った。
日の光が差さない常夜の世界はひんやりとして冷たい。
石造りの壁はどこまでも冷たく、ゆらゆらと灯る炎も頼りなげに見える。
ここが闇の大地、アレフガルドなのか。
覚悟はしていたが実際に来てみると想像以上に暗く、そして重い世界だった。
リグはギアガの大穴を通り落下した小屋から出ると、改めて周囲を見回した。
ここはどうやら、小島の上に建てられた家らしい。
船で渡ったすぐ先にはラダトームと呼ばれるアレフガルド唯一の王国があり、そこがこの世界の中心となっていると小屋の主から聞いた。
バースの事前アレフガルド講習会がなかったため、地名を聞いてもぴんとこない。
こちらへ来て余裕がなくなると宣言しているのだから、余裕があるうちに少しは予習をさせるべきだったのではないか。
あいつ、とことんまでにアホじゃん。
リグは、ライムと共に譲り受けた船の状態を確認しているバースを見やった。
今はまだ大丈夫のようだ。
いつ、何のタイミングで彼の様子が豹変するのか気になる。
ゾーマを見た時だろうか。
それとも、フィルを呪いエルファを殺めようとした黒ずくめの男と相対した時だろうか。
あの男はいったい何者なのだろう。
リグにはわからないことが多すぎた。






「船はどうだ、ライム」


「こっちの海がどの程度荒れてるのかわからないけど、航海するには充分耐えられると思うわ」


「ラダトームってすぐそこなんだろ。バースのルーラで近道してもいいんじゃないか?」


「いいえ、船も動かしておいた方がいいわ。あっちの船とは違うから私も慣れておきたいし」


「そっか。じゃあバース、お前ちゃんと案内しろよ。それから早急に俺らに体内時計の管理方法教えろ」


「それは教えるもんじゃないんだよ・・・って言いたいけど、俺も久々だから実家帰ったらいい奴貸してやる」


「よし、俺らここで待ってるから今すぐ実家帰ってそれだけ取って戻ってこい」


「無茶言うのやめてくれるかなリグくん、俺の精神状態既に不安定なんだけど」






 甲板で言い争っている間に、痺れを切らしたのかライムが船を出港させる。
海も黒いねと海面を眺め呟くエルファの言葉に、リグとバースも口論をやめて海を見下ろす。
すべてを飲み込み、沈ませてしまいそうなくらい海だ。
視界も利かず、陸地が近付いているかも定かでない。
座礁2号ってつけときましょうかとパーティー唯一の操舵士ライムが嘯くのだから、ただの乗組員に過ぎないリグたちは慌てふためくしかない。
冗談だろと尋ねると、ライムがふふふと含み笑いを浮かべる。
本気で言っているのか。
本気で座礁の危機に見舞われているのか。
リグたち3人は顔を見合わせた。





「ライムが無理なら俺らこれからどうやって航海すんだよ。アレフガルド陸繋がりじゃないのか?」


「俺の実家船ないと行けないし、ルビス様は絶海の孤島におわす」


「バース、ルーラ使ってもいいんじゃないかな・・・? 座礁しながら戦うなんて大変すぎるよ・・・」


「そうだよなあ・・・。ライム、いけそう?」


「いけなくてもいくしかないでしょ。ほら、陸地すぐそこだから下船の準備しなさい」






 右往左往するリグたちに笑みを向けると、ライムは下船の指示を出した。
良かった、3人とも平常心で動いている。
リグとエルファは慣れない土地でもっと戸惑っていると思っていたが、故郷を追われたり事なかれ主義を貫き通している新旧ネクロゴンド組は新天地にはすこぶる強いらしい。
ひょっとしたら、アレフガルドの土地に一番戸惑っていたのは自分だったのかもしれない。
考えすぎているから、不安も大きくなる。
放っておけばいいとわかっているのに、言われた言葉や寂しげな姿が心に残っている。
ラーミアの予言によれば、再び彼と会う日が来るらしい。
おそらくは相容れない敵として再会するのだろう。
そして、その時に怪我を負ってしまうのだ。
わかっている未来を回避したくて足掻こうとすればするほど、不安と焦りばかりが大きくなっていく。
だから、いつもどおりわいわいと騒いでいるリグたちを見るととても安心した。
どこへ行っても何も変わらないと感じることができた。





「わー・・・、見たことない気味悪い手首が地面から生えてんぞー」


「あれはマドハンド、仲間呼ぶからさっさと片付けような」


「言ってる傍から手首が一本増えた」


「だろ? こういう奴は呪文で一気にやるのがいちば「きゃーっ!」・・・え?」






 ベギラゴンで一斉焼却処分を図ろうとしたバースの手が、ライムでもエルファのものでもない女性の悲鳴を聞きぴたりと止まる。
緩くウェーブのかかった豊かな茶髪に豪華なドレスを身に纏った娘が、今にも大魔神に押し潰されようとしている。
いつぞやアリアハンが襲われた時のフィルとほぼ同じ状態で襲われている。
リグはマドハンドの手を振り切ると、娘を横抱きにし大魔神の攻撃から救い出した。







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