時と翼と英雄たち


ルビスの塔    2







 不思議な青年だ。
ライムは2歩先を歩くガライの背中を見つめ、小さく息を吐いていた。
よほど歌うことが好きなのか、ドムドーラを発ってからガライは常に何かを口ずさんでいる。
時折歌をやめては響きが歪んでいると呟き、その直後魔物が姿を現す。
こちらが戦いの勘と経験で察知する魔物の気配を、ガライは大気中に伝わる音の響きで感知するらしい。
これが吟遊詩人の特技というのであれば、戦闘では大いに役立つ力だ。
音の響きが歪むという概念は楽器に疎いライムにはわからない。
ガライだからわかるものなのだろうか。
ライムの脳裏に、ガライとプローズに出会ったばかりの頃に言われた『僕も彼もちょっと特殊体質だからだよ』という言葉が蘇った。





「ねえガライ、こんな森の中を歩く必要があるの?」


「あるよ、大ありさ。なんて言ったって今の僕らはお忍び旅行中だからね」


「でも森は魔物がたくさん出るわ。囲まれると私たちの方が分が悪いわ」


「それもそっか。でも大丈夫だよ、君はこんな所で死ぬ人じゃないから」


「・・・根拠は?」


「知りたい?」


「教えてくれるなら」


「んー、そうだなー・・・」






 じゃあ特別、ライムは僕の友だちでプローズの大事な人だから教えてあげるよ。
ガライは目を閉じると、すうと大きく息を吸った。
囲まれている、それもそれなりの数に。
バスタードソードを構え、どこから襲われても対処できるように神経を集中させる。
やだなあライム、そんなに身構えてたらせっかくの綺麗な顔が台無しだよ?
飄々とした口ぶりとは裏腹な極めて冷やかな声音でガライが嘯き、にっこりと微笑む。
笑っているはずなのに怖い、心がぞっとする。
ライムはともすれば震えてしまいそうになる体を懸命に堪え、ガライを凝視した。
ガライの顔が、声が、今まで見てきたことがないものに豹変した瞬間、ライムの全身が冷水を浴びせられたように冷たくなり硬直した。





「剣も魔法も使えないただの吟遊詩人が魔王の庭を丸腰で歩けるわけがないだろう? だって、僕は守られてるから」




 でも、これをやっちゃったからプローズは気付いただろうなあ。
ガライは一瞬で息絶えぴくりとも動かなくなったダースリカントの群れの中でうっそりと笑うと、屍の外で先程よりも更に険しい表情を浮かべているライムを行こうかと促した。

































 頭が乱暴に揺さぶられたような気分に襲われ、かっと目を見開く。
勢い良く体を起こすと、全身に汗が浮かんでいるとわかる。
あれだけやめてくれと懇願したにもかかわらず、ガライは使ってしまった。
魔王にとって厄介どころか殺したくてたまらない忌まわしい力を、ガライは使ってしまった。
賢者の力でせめて彼の力の発動を感知することはできたが、完全に力を封じることは自身の技量と、ガライの身を守るためにもできなかった。
プローズは部屋を見回し誰もいないことを知ると、隣室のライムに宛がっていた部屋に飛び込んだ。
いない。
荷物は残されているが、彼女自身と武器防具はどこにもない。
プローズは机の上の短剣を手に取ると、消えたガライとライムの行方を探るべく目を閉じた。
ライムには魔力はないが、ガライの魔力ではない特殊な力の波動を辿ることはそう難しいことではない。
ガライがなぜ突然姿を消したのか、また、なぜライムもいなくなったのかはわからない。
ガライ単独ならばどうせまたいつもの放浪癖が出ただけだと決めつけることができるが、ライムまでもが姿を消していることがプローズを混乱させていた。
ライムは、彼女が信頼している何者かによって自らの身に危険が及ぶと予言されている。
だから来たるべきその時に備え彼女の傍にいたのだが、まさかライムの方から遠ざかるとは思わなかった。
ライムの行方も気になるが、呪われた力を使ってまでも魔物たちと対峙したガライのことも気になる。
あのガライがそう簡単に死ぬとは思えないが、人の死はある日突然訪れる。
プローズはドムドーラを後にすると、雑音交じりのガライの音を辿り森を走り始めた。






























 不安だ、嫌な予感がすると言い募りローラを宥め、笑いながらあしらう遺伝性王族キラーの能力を遺憾なく発揮しているリグの近くに寄りたくない。
バースとエルファは歩み寄ってきたリグの前にソファーのバリケードを作り、ローラと戯れるリグを眺めていた。
ラダトームで油を売っている暇はないのだが、珍しくもはっきりしているローラの予知夢の内容を精査したくて事情聴取をリグに任せている。
初めて会った頃はあんなに愛想悪かったのに人って変わるもんだよなあ。
しみじみと呟かれたバースの言葉に、エルファはそうだねと答えティーカップに口をつけた。





「王女と一緒。初めはオルテガ様に対しても冷たくいらしたのにあっという間に打ち解けられて。やっぱり親子って似るんだね」


「自然体で王女に近付いて仲良くなるあたりはオルテガさんそっくりだし。ライムのとこはアイシャさんと中身はともかく顔はそっくりだし、血の繋がりってすごいよな」


「うんうん。バースもお父様と似てたよ? あと、マイラヴェルさん?」


「そこは似たくなかったけどな」


「お兄さんとも似てるって言われてた?」


「さあ、覚えてないのか思い出したくないのかさっぱり。性格は全っ然、火と水ほどに違うけど」






 憎くも頼らなければならない愚兄を思い、眉をしかめる。
元々持っていた魔力が大きかった分、すべてを取り戻すには膨大な時間がかかる。
すべての魔力が戻れば兄の手を借りることもないと自負しているだけ、今彼に助力を乞うことが悔しくてたまらない。
バースはテーブルに地図を広げると、ドムドーラに留まったままの白い光を睨みつけた。





「ドムドーラって砂漠の町だったっけ?」


「そう。でも最近は水が干上がってきてるって話。おかしな話だよな、陽も差さないのに水が干上がるなんて」


「でも砂漠の町ならイシスみたいな感じかな? ライム、町の近くに飛ばされてたらいいけど・・・」


「バシルーラはどこに飛ばされるのかわからない。ライムの運を信じるしかない」


「そう、だね・・・。でもライムにはアイシャさんとお揃いのお守りがあるから大丈夫だよ!」






 それに、危なくなる前にお兄さん見つけて助けに行けばいいだけだし!
エルファが大きく頷くと、手にいていたカップの中の液体がぐらりと大きく波打つ。
ぼたりと地図に零れ落ちてできあがった染みに、バースとエルファはああと大声を上げた。





「ご、ごめんねバース! こ、ここ染みついても平気なとこ!?」


「海だから大丈夫大丈夫!と思う!」


「ったくなんだよ2人とも俺に仕事押しつけて騒いで・・・。・・・あれ? 光2つに分かれてんじゃん」






 ローラの傍を離れテーブルに今度こそ無事に歩み寄ることに成功したリグが、地図上の離れ離れになった2つの光を交互に指差す。
バースとエルファは光を見つめ顔を見合わせた後、再びああと叫んだ。







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