時と翼と英雄たち


ルビスの塔    3







 ガライの未知の力に警戒と安堵という複雑な感情を抱きつつ、鼻歌を歌い続ける彼の後ろ姿を追う。
どこまで続くのかわからない森の隙間から平らな大地がようやく見え、自然と進む足が速くなる。
森を抜けた先にぽつんと現れた小さな家に、ライムは頬を緩めた。





「家ってこんなに暖かかったかしら・・・」


「温かいっていうよりもぬるいってとこじゃないかな。こっちだよライム、静かに来てね」






 人家に堂々と侵入し、勝手知った様子で裏口に回る。
垣根を越えた先にあった地下への階段を、ガライが躊躇うことなく降りていく。
早くと急かされライムの慌てて地下へ降りると、そこには宝箱が1つ置かれていた。





「ここは? これは何?」


「僕の家。開けていいよ、変な物は入ってないから」





 僕にとっては大した物じゃないけどライムにとってはどうかなあとガライから意味深な笑みを向けられ、挑発された気分になり覚悟を決め宝箱の蓋に手をかける。
何もない。何も入っていない。
拍子抜けして箱の隅まで手を突っ込んだライムを横目に、ガライはけらけらと笑い転げた。






「あっはは、本気にしてたライム可愛いね!」


「ガライ・・・」


「うーん、美人は怒った顔も綺麗だけど僕は笑った顔の方が好きだなあ。ほら、にこって」


「あのねガライ、悪戯しに来たんなら今すぐ「悪戯じゃないよ。これを取りに帰ったのさ」






 地下室に着いてからずっとしゃがみ込んでいたガライが腰を上げ、手にした物をライムに見せる。
シンプルな装飾だが、だからこそ気品溢れる銀でできた竪琴だ。
ガライの白くしなやかな腕に抱かれた銀の竪琴は、音を奏でる前から妖しげなオーラを発している。
竪琴に見惚れ思わず綺麗ねと呟いたライムに、ガライは満面の笑みを浮かべ大きく頷いた。





「そうなんだ! これは今はもう亡くなってしまった腕のいい職人に作ってもらった僕が一番お気に入りの楽器でね、これは僕にとってとっても大切な物なんだ」


「大切な物なのにここに置いていたの?」


「大切な物だから、ここぞという時にしか使っちゃいけないんだ。あと、プローズが駄目だって」


「プローズが?」







 プローズは心配性で少し頑固だ。
ガライの前ではペースを崩されることも多いが、常に自身よりも他者の身を案じ、危険だと思ったものには意地でも触れさせない強い意志を持っている。
心配性のプローズが駄目だと言った竪琴には、実は何か特別な意味があるのではないだろうか。
ライムの脳裏に突然、プローズとの会話が蘇る。
もしもこの先ガライが竪琴を手にする時があったら、必ずそれを奪い取ってほしい―――。
プローズの悲しげな願いを思い出したライムは、駄目よと叫ぶと反射的にガライの竪琴に手を伸ばした。





「ガライ、それは駄目。竪琴だけは持っては駄目」


「どうして? これは僕のお気に入りで、ライムも綺麗だって言ってくれたじゃないか」


「それでもよ。確かにプローズは少し心配症が過ぎるけど、何でもないものも駄目とは言わないわ。お願いガライ、竪琴は元の場所に戻して帰りましょう?」


「プローズに言われるならまだしも、この竪琴が何かも知らないライムに言われても手放さないよ」


「ガライ」


「ライム、君も旅人ならいろんな宝を見てきただろう? 知って、見てみたくないかい? 僕の竪琴がなぜ駄目だと言われるのか、その理由を」


「それは・・・そうだけど、でも駄目。知って、見てからでは遅いかもしれないわ。私はガライを危険な目に遭わせたくないの」







 これを使って危険な目に遭うのはライムの方だというのに、ライムは何もわかっていない。
わからないままに、プローズの言いつけと自身の直感から駄目だと言っている。
哀れな人だ、彼女を題材にした歌ならばいくらでも作れる気がする。
ガライは嫌だと言い張り竪琴をぎゅうと胸に抱きこんだ自身に諦めたように息を吐いたライムを見て、口角をわずかに上げた。
























 未来は一度しか見ることができない。
プローズは、既に誰かに干渉されたがゆえに探ることができなかった事態に額に手を当てていた。
アレフガルドの地において未来を予知することができるのは、自分ともう1人しかいない。
しかしもう1人は見たい未来を選ぶことができないし、いつでも見れるわけではない。
よりにもよってローラ姫、あなたが先に出会ってしまったというのか。
ローラは夢を見て何を思ったのだろうか。
どんな夢だったのだろうか。
プローズは森林地帯で感じたガライの力の痕跡を頼りに森中を彷徨っていた。
森を抜けた先はラダトームだ。
しかしガライがラダトームに自ら進んでいくことはほぼないし、ライムもラダトームに行くのであればこちらに内緒で行きはしなかったはずだ。
本当はもっと魔力を使って探したいのだが、事を派手にして魔王の目に留まりたくはない。
ガライもライムも魔王の敵だから、尚更彼らの所在が知れるようなことはしたくない。
今のアレフガルドは精霊ルビスの守護ではなく、魔王ゾーマの監視下に置かれている世界だ。
ライムはともかく、ガライにはこれ以上魔王の怒りに触れるようなことをしてほしくない。
世界を守り、魔王と戦うのはガライではないのだ。
プローズは木にもたれかかると、禍々しい暗黒の空を仰ぎ愛しい友の名を呼んだ。







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